The Lovers 恋人たち

Beyond the World, above the skies
In Heaven within the Two have met
And, where their boundless kingdom lies
The mid'day Sun doth never set.
The mystic Rose they both unhold
While from its petals all they learn --
Knowledge on knowledge doth unfold --
Their Souls with love for ever burn..

世界の彼方、空の上、
天上にて二人が出会いし
無限王国の広がるなか、
中天の太陽は決して沈むことなし。
二人がささげ持つは神秘の薔薇
その花弁よりすべてを学ぶ−−
知識がひとつひとつ広がりゆく−−
二人の魂は永遠に愛に燃える。




ホートンとてこの大仰な詩を書いた時点では、よもや神秘の薔薇に例えられる理想的女性というかイデア界的美女が自分の行く道に入り込んでくることなど想像していなかったであろう。1908年頃に出会うことになる歴史家エイミー・オードリー・ロック(c1882-1916) である。数少ない伝記的資料によれば、オードリー・ロックはウィンチェスター出身、ウィンチェスター高等女学校を卒業後、奨学金を得てオクスフォード大学サマヴィル・コレッジに進学し、現代史で優等卒業学位を取得。その後は各地で地方史編纂事業のスタッフとして働きつつ、英国中世史の研究も行う、という堅実な学究ぶりである。それでいて「驚くべき美貌の持ち主で、思いやりの心にあふれており、それゆえに誰からも愛され、友情にも恵まれた」(1916年追悼文)とのこと。このすばらしい女性が奇人ホートン(別居中の妻子持ちの五十がらみの売れないイラストレーター)とプラトニックな恋愛関係になり、ついに同棲に及ぶという事態は周囲を絶句させたようである。

 ともあれホートンはオードリーという理想の伴侶を得たのである。その後に描かれたイラストのなかにタロットの「恋人たち」候補となり得るものが多数存在する。たとえば左に出した一枚は小生のホートン・タロット・セレクションでは第1候補となっていた。もともと「追憶」というタイトルを持つ一枚で、前世におけると自分とオードリー・ロックとの仲睦まじき語らいの場面を描いている。

 しかしオードリー・ロックは1916年、34歳という若さで突然世を去ってしまう。ちょっとした外科手術ということで入院し、そのまま帰らなかったのである(現在でいう医療事故ではなかろうか)。無論のこと、ホートンの落胆は惨憺たるもので、それから3年でかれもまた他界してしまう。二人を親しく知るイエイツも、この不思議な恋模様をただ呆然と眺め、心に深く刻んだのであった。

 ホートンとオードリー・ロックの関係は、前者が妻子持ちという事情もあり、あまり公にできないと思われたのであろう。ホートンの遺作集を編んだロジャー・イングペンも言葉を選んでいる。いわく「1916年、かれは大切な友人を失うという悲運に見舞われ、そのショックから完全に立ち直ることはできなかった。かれはもはや別人となり、人生にさして興味を持たないようになってしまった」としている。

 それでもイングペンは遺作集の巻末にオードリー・ロックを描いた小品を数枚収録してくれた。おかげで後世のわれらはホートンの筆を通じて夭折の閨秀エイミー・オードリー・ロックを知ることになったといえる。「追憶」もそのひとつである。




 



BACK