秘密結社の手帳
おりにふれ集めておいたメイソンリー関係書籍のなかに、「現場向け」としかいいようのない手帳サイズのものがありまして、これが、面白い。すなわち「秘密結社の手帳」ですので、若干の報告を行っておきたく思います。 左の写真でいいますと、真ん中の二冊、「ディーコンズ・ワーク」と「インストーリング・マスターズ・ガイド」がメイソンリー関係です。ちなみに一番下はすでに紹介済みの「ボナ・モルス信徒会手帳」、一番上は英国国教会讃美歌集です。場の賑わいとしてつきあってもらったというところです。 |
まずは The Installing Master's Guide (London; privately printed, 1932) を紹介いたしましょう。言わんとするところは「ロッジ・マスターの引継ぎと就任の式次第」あたりでしょうか。基本的な儀式に加え、儀式内で用いる寓意画「トレーシング・ボード」の解説が入っているから有り難い。。当博物館が入手した一冊は現場で酷使されていたらしく、かなりくたびれておりました。 |
トレーシング・ボードには数多くの約束事があり、画家の裁量に任せられる部分は少ないのですが、それでも英国と米国のそれではかなりの差異が見受けられますし、さらに分派に分け入ればタロットカードと見間違うようなものも存在します。最近の有名例でいえば、レディー・フリーダ・ハリスが作成した共同メイソン用のトレーシング・ボードがあります。 |
しかし今回、一番興味をそそられるのが「ディーコンズ・ワーク」でしょう。なんといっても著者があのケネス・マッケンジーであり、しかも中扉に謎が振りまかれておるからです。 ディーコンとは国教会の牧師補等を示す言葉ですが、この場合はメイソニック・ロッジ内の役職名のことです。サブタイトルにあるとおり、「クラフトメイソンリー三位階用作業を効率的に行うための実践的指導」を主眼とする小著でありながら、著者は相変わらず饒舌なため、いろいろと不要のことを書き込んでくれています。 さて一番気になる部分に触れましょう。マッケンジーのあとに来る「IX°("CRYPTONYMUS") とは何を示しているのでしょうか。IX°という表記は「ロイヤル・メイソニック・サイクロペディア」(1877)でも使われていたのですが、どうやらこれはまともなメイソンリー位階を示すものではなく、ジョン・ヤーカーが創始した「スェーデンボルグ儀礼」なるフリンジ団体におけるディグリーを指すものと思われます。クリプトニマスはメイソニック・モットーの一種ということで間違いないでしょう。 そういった怪しげなものを扉で披露するあたり、筋のいいメイソンリー関係者がマッケンジーに対して眉をひそめる所以でありましょうか。ともあれ新進気鋭の若手研究者であったケネス・マッケンジーの凋落を惜しむ声が多かったのも事実であります。 こののち、マッケンジーは八人会と称されるさらに怪しげな団体に関わったりしながら1885年に死去。かれの晩年の奇矯な活動のなかから「黄金の夜明け」団創立のもととなる「暗号文書」が登場してくるわけですから、「ディーコンズ・ワーク」のような小さな仕事のなかにもなんらかの種子が潜んでいないか、それを確認していくのも大事な作業であります。 |