レスピロ著 

『新生兄弟会選集 第5巻 A トマス・レイク・ハリス、その人物』

E.W.アレン社、ロンドン、1897年






 そもそもトマス・レイク・ハリスという人物は英国の一般世間的には決して有名人ではなく、1880年代まではスウェーデンボルグ関係者や心霊術関係者のあいだで取り沙汰される程度であった。その雰囲気が一変するのは1891年、ローレンス・オリファントの従姉妹マーガレット・オリファントが伝記『ローレンス・オリファントとその妻アリスの思い出』を発表してからである。この書物に描かれるハリスは愛し合う夫妻の仲を引き裂く霊的暴君、奇怪な性愛思想を唱える強欲なカリスマそのものであった。この暴露に触発されたのであろうか、同じ年にサンフランシスコ・クロニクル紙等でサンタローザの兄弟会とハリス本人に対する批判的記事が連載されるようになる。1892年にはハリスが長年の右腕的存在であったミス・ウェアリングと法的に結婚したあと、カリフォルニアを出てニューヨークに移り住むという事態に至っている。天上界の相対天使リリーと霊的に結婚しながら来るべきハルマゲドンをサンタローザにて迎え撃つとしてきた前言を思いっきり撤回してしまったわけで、信者やシンパも少なからず動揺する。英国におけるハリスの代理人格にある「レスピロ」はこの難局に対処すべく雑誌記事や小冊子を執筆してハリスと教団の擁護を必死で行っていた。今回紹介するパンフレットはハリス・キャンペーンの一環として1897年に刊行されている。

 レスピロの小冊子シリーズは全16冊を予定しており、内訳は

1 内的呼吸
2 差し迫る世界危機
3 神の化身
4 第二の出現
5 トマス・レイク・ハリス
 A 人物
 B 見者
6 秘儀開帳 (未刊)
7 ロゴスのアデプト
8 神の使者 (未刊)
9 秘儀開帳 (未刊)
10 宇宙の進化
11 宇宙のオーブ
12 霊言
13 サタンの秘密
14 転生
15 アーチナチュラルの天使 (未刊)
16 相対天使

今回、当博物館が入手したのは第五巻のA、「トマス・レイク・ハリスの人物」である。全体、スウェーデンボルグ教会系の雑誌や地元紙に掲載されたハリス評のうち、好意的なものをシザース&ペイストしていくという体裁であり、オカルト系の有力者の記述から都合のいい部分も抜粋していくという、いかにもという内容である。ハリスがロイヤル・アーチ・メイソンであって、サンタローザのナイトテンプラーでもあるといった情報も記されている。

この小冊子は黄金の夜明け団の歴史において少なからず重要視される。ここに記された注釈部分が団内で波紋を呼び、最終的にエドワード・ベリッジの役職停止処分を招くからである。まずは問題の注釈部分を見てみよう。


メイトランドは『アンナ・キングスフォードの生涯』(1896)において記す。「神々の武器庫には多数の武器がある。ゆえに神々の油を注がれし者にさわる輩や、神々の預言者に害をなす者どもは哀れなるかな」(第一巻248頁)。アニー・ベザントも『ルシファー』(1896)にて「高度に進歩した善良者に対して悪意や疑念を抱くと、非常に深刻な影響がある」と言及する。いわく「善良者に対して向けられた思念形態は害をなすことができず、投射を行った者に跳ね返り、精神的、道徳的、肉体的に大ダメージをもたらすからだ」(「9月号)。新生兄弟会の敵陣営に対してまさに同様の事態が生じてきたし、これからも繰り返されるであろう。T.L.ハリスを傷つけようとする試み、あるいはかれの代理人を迫害しようとする悪略には、アーチ・ナチュラルの力が恐ろしい復讐を果たすのである。本シリーズの最初の小冊子が刊行された直後、とあるオカルト関係者が私をオカルト的、社会的、職業的に傷つけようと悪鬼の如き試みを行った。私が新生兄弟会を擁護したというのが理由である。私はアーチ・ナチュラル・パワーの助力を召喚した。すると12ヶ月以内に敵は処罰されるであろうと通知された。敵は一連のオカルト起源のトラブルに見舞われ、さらにこの件に首を突っ込んだ者たちも相応の報いを受けた。そして予告された期間内に、復讐の逆流が昇華し、敵はオカルト的に粉砕された。その数週間後には物質次元においても大いなる惨事が発生したのである。賢者は傾聴せよ。


黄金の夜明け団の内陣メンバーにとっては、この箇所がパンフレットをめぐって生じたベリッジとアニー・ホーニマンとの対立、さらに後者の追放処分を示していることは明白である。さらに一部団員に送付されたパンフレットには、ベリッジの筆跡でホーニマンをからかう4行詩が添えられていたため、事態はいよいよ紛糾している。最終的には、元団員に対して不当な中傷をなすベリッジを首領マサースが処分するという形で決着がついたが、ベリッジとマサースの関係はそれによって悪化することがなかった。1900年のマサース追放以降、ベリッジはマサースの右腕としてアルファ・オメガの運営に従事している。

どうもこの小冊子と団内の反応を見るかぎり、レスピロ=エドワード・ベリッジというのが正解のようである。すなわちベリッジの新生兄弟会における名前が「レスピロ」であり、GDでの名前が「リスルガム」だったのである。ならばレスピロをC.M.ベリッジであるとするシュナイダー&ロートン側の記述をどう考えるか。兄弟会発表のプロフィールにフィクションがあり、それがそのまま掲載されたというのが正解となろうか。ベリッジを直接知るGD団員たちがベリッジ=レスピロと断定しているという事実はきわめて重いといえよう。

エドワード・ベリッジ=レスピロを事実とするならば、黄金の夜明け団サイドにもかなりの影響が出るであろう。ベリッジはアルファ・オメガを運営しつつ、レスピロとして新生兄弟会の布教にも携わっていることになるのだ。上に出した16冊のパンフレットのうち、9冊は1907年から1917年の間に刊行されている。元祖黄金の夜明け団において積極的にハリス布教にはげみ、パンフレットを配布していたベリッジである。アルファ・オメガのカリキュラムなり知識文書なりにハリスが浸透している可能性も考えられよう。アルファ・オメガにてGD系魔術を学んだダイアン・フォーチュンがのちに『愛と結婚の秘教哲学』を発表したとき、当時の首領モイナ・マグレガー・マサースから「内部の秘密教義を無断で暴露した」と非難されている。同書にある性愛観はハリス起源のものではなかったのか。さらに後年、『海の女司祭』にて昇華するフォーチュン流の性愛思想のルーツはハリスにあったのか。そういった構図の想定も可能になるのである。

今回発見できたレスピロのパンフレットをPDFに変換しておくことにする。他の物も発見・入手次第デジタル化の予定。

『トマス・レイク・ハリス、その人物』 PDF,約1.5メガ。別ウインドウにて開く。


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