以下にA.E.ウェイト編集によるオカルト雑誌『未知の世界』(1894−95)に連載された“レスピロ”作「新生兄弟会」 The Brotherhood of New Life を訳出する。著者“レスピロ”は本名C.M.ベリッジ、もともとは国教会の牧師であったが後年に神智学協会会員となり、最終的にトマス・レイク・ハリスの熱心な信奉者となったとされる(シュナイダー&ロートン『預言者と巡礼』)。黄金の夜明け団団員のエドワード・ベリッジとはおそらく親戚関係にあり、往々にして同一視される人物である。のちに全20冊からなるハリス集を企画、12巻まで刊行している。

レスピロは英国におけるハリスの広報担当であった。主たる役割は神智学協会や心霊術に浸透して教団をPRし、また教団批判に反駁することである。ここに展開されるハリス宣伝と、対する批判的投稿を点検することで、当時の雰囲気の欠片くらいは明らかになるであろう。


新生兄弟会

I.トマス・レイク・ハリス

「まことにもってこれまで夢想だにされたことのない種々のことどもが、まさにいま神の御手により明らかにされようとしている。このさきしばらく世に顕れないものほど隠秘なるものはないといえよう。世のいまだ世に知られぬ天才を持つ物がわたしのあとに現れ、それを明らかにするであろう」 パラケルスス 『鉱物の書』

「変成を示す玄義は他にも多数存在するが、それを知る人は少ない。主なる神によって明らかにされる場合もあろうが、この術に関しては噂すら広がっていない。全能なる主は術者イライアスの到来まで奥義を秘匿する術を授けたまいたる。そしてかの者が到ろうとも余りに玄義なるがゆえに明らかにされることはないであろう」 パラケルスス 『賢者の溶剤』

「メルディンの予言によれば、王はキメリアの虐げられたる者たちのあいだより来るという。解放者はスノードンの鷲より新たに生まれる、とドルイドたちは宣言してきた」 ドルイド断章(E・V・リヴィアリー『黙示録注解』六百七十五頁より引用


これまで私はT・L・ハリスの著作に関して詳細なエッセイを寄稿するよう編集氏より依頼されていた。以下の三つの理由により私は氏の要請に十分にお答えすることができない。

第一に、この作業に誠実に対処するとなると、私には時間が足りないし、編集氏には紙面が足りない。第二に、T・L・ハリスのもっとも重要な作品は私家版であり、兄弟会のメンバーのみに配布されている。作品紹介となればそういった著作群からも大いに引用せねばならず、それは私に託された信頼を裏切ることになってしまう。第三に、世間一般相手の紹介としては、故リチャード・マカリーが先月の『現代文学紹介』誌上で「新生兄弟会」の題名のもとにざっとしたところを行っている。

しかしマカリー氏が扱っていない、あるいは異なった見地から扱ってしまった件も少なからずあり、そういったものであれば秘密保持に抵触することなく論ずることもできる。ゆえに私は一連の記事で許される範囲で語っていきたく思う。最初にとりあげるのは、昨今のオカルト研究流行のなか、とりわけ興味深い一冊である。1884年、トマス・レイク・ハリスは五百頁余におよぶ大冊『アデプトたちの叡智、人類の歴史における秘教科学』を発表している。のちにこの作品は著名なオカルト研究者たちに献呈され、複数の公共図書館にも収められたため、秘密保守という問題はさして気にとめる必要もないであろう。

『アデプトたちの叡智』は大昔の黄金時代、銀時代のアデプトたちが語るという体裁をとっている。その目的は以下に引用する序文から明らかになるであろう。

「ここ数年来、米国と欧州にあっては、秘密仏教のアデプトたちがキリスト教転覆をもくろむプロパガンダを開始している。オカルト的手段を用いて人間精神の最奥の部分にまで侵入し、自己崇拝という恐るべき魔術的エレメントを染み込ませ、霊的および肉体的再生の種子を根絶やしにする気である。真理への参入と、またそれがもたらす至福に与らんと欲する地球の者たちの世話を託されし兄弟会の外陣メンバーは、古代の魔術をその本来の地位すなわち意義なき愚行へと格下げしてきた。この作業をなすにあたっては、それまで隠されてきた秘密神秘の内実をある程度明らかにせざるを得なかったのも事実である・・・本書をさらに洗練させることも可能であった。各章に詳細な記述を増やすことも可能であったのだが、筆者は不可視の勢力が用いる魔術と常に精力的に対峙し、これを監視する任務に就いている。かれらは黒魔術を自在に操り、善良なる勢力の侍従たちを破滅させようと腐心している。本書はペンではなく剣を用いて記されたといってもよい。書き上げたいま振り返ってみると、執筆時の状況は筆舌に尽くし難いものであった」

その危機的状況の一例を引いてみよう。「精妙の道として知られる主観的作業を遂行中、筆者は逆方向からやってくる東方のアデプトと遭遇した。東洋の魔術師は象のような形状をした使い魔を使役して他の者たちを捕まえようとしていた。それは四足歩行で接近してきて、恐るべき咆哮を放ち、長い鼻から冷たい流体を大量に吐き出していた。それだけでは西洋のアデプトの電気生気体を凍えさせるには不十分であったから、東洋の術師は神経を流れる白い流体を停止させるための呪文に頼ろうとした。しかしすでに巨象は西の男のまえにおとなしく膝を屈していた。そうすることで、ここにより柔和にして優勢なる知性が存在することを認知し、表明したのである」(830節)

こういった記述を読むと、それが真実である証拠があるのか、という疑問が当然生じるであろう。T・L・ハリスの著作と仕事を最初から慎重に追いかけてきた人間であれば、自らの経験と照らし合わせることで、事の真偽を決定するに困難はいらない。しかしこの方面の新参者が単なる断言以上の証拠を欲するのも当然である。

さて、トマス・レイク・ハリスがその言葉通りのアデプトであって、これまでも神聖神秘のヴェイルをいくつも開いてきたというのであれば、他のオカルティズム流派の教えのなかになんらかの確証が見出されても当然であろう。

歴史の記すところ、古代エジプトやエレウシス、サモトラキア、ペルシャ、カルデア、インドにはそういった流派があったという。これら六流派では古代賢者の叡智が保存され、伝授されていたのだが、無論のこと時代とともに失われてしまった知識もかなりある。後代になり、これらの流派に参入したクリスチャン・ローゼンクロイツが薔薇十字団を結成することによって聖なる七派を完成させた。薔薇十字団こそは先立つ六流派の頂点にして補完であり、東洋のみならず西洋の叡智を保有する存在といえよう。

しかし歴史のさまざまな時期に、現世での秘儀参入を果たさずとも自助努力によってアデプトの位を達成する者たちが出現している。高次の力と教義によって直接に指導され、自力で高みに至るのである。もちろんそういった事例はきわめて稀有である。無類の困難を伴うし、危険は果てしなく大きい。しかし一旦勝利を得たならば、知識と力は苦労の分だけ膨大なものとなる。T.L.ハリスは地上に存在する団体に参入した人物ではない、と私は自信をもって断言しよう。ゆえにこういったオカルト団体が必死で守ってきた秘密知識をハリスが明らかにしているとすれば、それらを高次の力から直接授かったとするかれの主張の正しさを裏付けるものである。

そういった例を七つばかり私の目にとまった。うち、四つは西洋系、三つは東洋系である。

(1)10年以上前、英国に学識あるヒンズー教徒の紳士がやってきた。神智学協会関係者が権威と仰ぐ人物であり(後に退会したため評価は変わってしまった)、某マハトマのチェラすなわち弟子であるとされていた。その人が『アデプトたちの叡智』を一読するや、著者はオカルティズムの秘密を暴露していると私に語ったものである。

(2)とある神智学協会の会合の席で、このチェラはシェイクスピアが二人のアデプトの影響を深く受けていると発言した。ひとりは白魔術、もうひとりは黒魔術の達人であるという。その後ほどなくして私は『アデプトたちの叡智』を受け取った。同書の1026−7節にいわく、「この頃、われらの兄弟のひとりに驚異的な人類の誕生を監視する役に就いている者がいて、その者がある男の子が生まれたことを報告してきた・・・少年時代、ある不浄の魔術のアデプトがかれを探し出し、遠距離から浸透をはかった」

(3)東洋のアデプトたちは常に月に対しては不思議なほど沈黙を守っている。581節「銀の時代のアデプトたちいわく、あのオーブの向こう側の半球には非常に興味深い人々がいる。月から徐々に水がなくなり、大気が薄くなっていく長時間の過程でも生き延びている。同様の大いなる過程がわれらの地球を大変動に導き、地球の魂に入り込み、物理的な若さを刷新することで豊かな壮麗たる未来を開こうとしている。とある古代の書を翻訳して読みきかせよう。“銀の人のアストラル科学の時代、夜空にあって光を放つ主役は災厄を目撃してきた老女であるとされていた。彼女はとある古いオーブから解放されたのである。彼女の主人であったオーブは大いなる緊張の果てにばらばらになってしまった。いわく、災厄ののち、この地のオーブのレディーにつかえる侍女になったのだという。老女は半身を失っているという。すなわち片腕と片足しかない。大変な努力をして顔と胸を片方に寄せ、他の部分を地上の民に見せないようにしている”。この教えはすなわち月が常時地球に一面しか見せていないことを比喩的に表現したものだが、これが東洋の教義にも合致するか否か、私はかつてマダム・ブラヴァッキーに質問してみたことがある。まったくその通りだ、と女史は答えた。それは何百万年も前に発生したことだといわれた。」

(4)1165−73節には、銅の時代の堕落した魔術師たちへの反乱が始まった模様が記されている。いわく「そこでコブリは鐘の音を放ったため、われわれが危機にあり、不服従にさらされていることが高きオボの知るところとなった。そしてコブリたちはわれわれの家の周囲を行進してまわり、角笛を鳴らし、そうすることでわれわれの家の壁を引き倒し、なかに入ってわれわれをストレッチャーに引き渡そうとした。これに対抗してわれわれは家のなかで行進をはじめた。かれらの音の風に対抗する風を呼んだ。またわれわれは心をひとつにして厳正なる法の主に対して叫んだ。われらの運動の風に動力を与えたまえ。われわれが行進を続けると、メンバーのひとりが自分のなかの力の向きが変わったと口にした。そこでわれわれは全員で行進の方向を変えた。それからわれわれは扉を開き、前進し、コブリとコブリールたちに向かい、かれらの運動をくじき、角笛とトランペットを奪ったのであった」
この部分は、聖書にあるジェリコの城壁の件を心から信じているような人間にとってすら、たわごとの類と思われるにちがいない。しかし薔薇十字団の参入者は適切な環境下で行われるこの種の周行のオカルト的パワーを知っている。T・L・ハリスがこの件を理解していたことは、1883年にまでさかのぼる私信その他により、明らかとなっている。

(5)231節において銀の時代のアデプトが語る。「夜間には黒い気の冷流が流れ込み、これが暗い時間帯ではとりわけ有毒であることが発見されたので、“夜警”制度が制定され、常時香料をくべた焚き火が燃やされることとなった。黒いエレメントが発する色彩に対抗すべく、純粋光の色彩も配置した。すなわち敵に対抗するヴリルの色彩である」。さまざまなスケールで配置するオカルト的色彩力というテーマは薔薇十字団の大いなる秘密のひとつである。

(続く)


覚書 : “レスピロ”のこと。

「内的呼吸 the Internal Respiration を簡略に紹介すると以下のようになる。それは天上の気というか聖なる流出というか、キリスト教会の典雅な言い方でいう聖霊を、精神のみならず身体にも引き込むための呼吸である。ゆえに内的呼吸はオカルティズムでいう呼吸法とは一切関係がない。西洋の流派でも東洋の流派でも、あるいは薔薇十字団や神智学協会でも参入者に秘密裏に伝えられる呼吸術があり、また非参入者に対しても呼吸の科学として部分的に伝授されるものがあるが、そういった手合いとは一線を画するのである。内的呼吸はまったく次元が異なる高次のものなのだ。オカルティズムが教える呼吸術は、カバラでいえばアッシャー界に属している。所詮は物質次元のものでしかない。おそらく高位のアデプトともなれば、天使の形成の次元であるイエツィラー界にまで上昇するかもしれないが、それ以上に進むことはほとんどない。一方、内的呼吸は純粋神格の祖型次元であるアツィルト界ではじまるのであり、そこから大天使の創造次元であるブリアー界に下降する。さらにイエツィラー界を経てアッシャー界にて完結するのである。すなわちこういってもよい。オカルティズムの呼吸術は断固たる決意のもとに長期にわたる訓練を経て習得することが可能であるが、内的呼吸は神からの賜物なのである」 Respiro, Internal Respiration , or the Plenary Gift of the Holy Spirit (London: E.W. Allen, 1896).

この記述を見る限り、“レスピロ”の正体はエドワード・ベリッジと思われる。また後年、『未知の世界』の編集を担当していたA.E.ウェイトが往時を回想していわく、

「同誌が休刊に至ったのは、雑誌自体が完全な失敗だったからではなく、エリオットに刊行を継続するだけの金がなかったからである。しかし別の観点から見た場合、同誌がその短い寿命のなかで向上する兆しを見せていなかったという事実も告白せざるを得ない。一言二言いうべきものを有する人々はすぐに語り終えてしまい、その後は退屈な記事が続いていた。号数を重ねるのも一苦労という始末だった。新生兄弟会を語るベリッジ博士の如き狂信者にとっては、果てしがなかった。」 Arthur Edward Waite, Shadows of Life and Thought (London: Selwyn and Blount, 1938) p.141.

実際に記事を依頼したウェイトが“レスピロ”をベリッジ博士と述べている。もっともエドワード・ベリッジ自身はホーニマン騒動にからんで自分がレスピロであることを否定しており、話は一向にすっきりしない。
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