『ロシアン・バレエ』英国版と米国版の比較




エレン・テリー著パメラ・コールマン・スミス画『ロシアン・バレエ』(1913)にはシジック&ジャクソン社の英国版、ボブズ・メリル社の米国版がある。これまで筆者の手許には米国版しかなかったが、今回英国版が手に入ったため両者を詳細に比較検討したところ、一部の画に顕著な差異が見られたため報告しておくことにする。

書誌的なデータでいうと、英国版のほうが先に出版されており、版型も大きい。具体的にいえば英国版が220mm×263mm、米国版は158mm×203mm(手許の2冊を定規にて測定)。本文はともに54頁である。米国版は口絵としてアンナ・パブロワの写真が入っている。

余談ながら、現在米国の Folger Shakespeare Library に収蔵されている英国版『ロシアン・バレエ』にはエレン・テリーの息子ゴードン・クレイグの直筆書簡が添付してあり、同書の真の執筆者はクリストファー・セント・ジョンである旨が明記されているという。
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 まず明らかに異なる絵が収録されているのが英版、米版ともに7頁にある『薔薇の精』である。米国版の出版にあたってパメラ・コールマン・スミスが別の絵を提供したとしか考えられない。


英国版


米国版


ちなみにこのニジンスキーの絵が差し替えられた理由として、既存の写真のトレースと見なされた可能性があげられる。すなわち1911年代に発表された写真のなかにこれらのイラストに酷似したものが存在するのである。一例として左の写真を紹介しておく。

パメラ・コールマン・スミスが写真をトレースした事例は他にもあるが、劇場販売のパンフレットの挿画である場合がほとんどであり、トレース行為が問題となることはなかった。しかるに『ロシアン・バレエ』の挿画が写真のトレースであるとなると、エレン・テリーの文章との整合性が取り沙汰されること必至となる。さらにPCSのイラストレーターとしての技量も疑問視されてしまうかもしれない。

われわれがこの事例に注目する理由は、1909年に製作されたRWSタロットでも同様の写真トレースがあったのでは推測されるからである。




 次に目に付く顕著な差異としては、「ル・カルナヴァル」のハーレクインに見られる描線があげられる。詳しくは太腿のラインをご覧いただきたい。これはPCSが同じ写真から2枚のトレース画を作った結果と思われる。米国版のほうが線が整理されているが、その分勢いに欠けている。こういった差異に留意しておくと、たとえばRWSの初期ヴァージョンのID作業のときに大いにアシストとなるであろう。
英国版



米国版



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