羊皮紙の話

ハムレット: 羊皮紙とは羊の皮から作るのではないか?
ホレイシオ: いいえ若殿、子牛の皮からも作ります
−−『ハムレット』五幕一場


 魔術書、というよりも中世西洋おまじない指南書の類にはしばしば護符の材料として virgin parchment というものが登場する。これまでは深く考えもせずに「未使用の羊皮紙」と訳してきたが、最近になって少しは考察しておいたほうがよいと思い至った次第である。

 そもそも parchment は必ずしも羊の皮から作られるものではなかったのである。牛、馬、山羊、鹿、豚、ウサギ、リスなど、多くの動物の皮が用いられたようだが、多数の加工過程を経ているため一見しただけではなんの皮か判明しない。したがって「獣皮紙」とでも表記するほうが正確なのだろうが、字面の悪さは否めない。

 さらに vellum という言葉も羊皮紙と訳される。vellum と parchment の差異はどこにあるのかといえば、これも判然としない。一説によれば、同じ素材をオクスフォード大学ボトレイアン図書館ではパーチメントと称し、大英図書館ではヴェラムと呼ぶとのこと。本稿ではとりあえず「羊皮紙」と称することにする。


羊皮紙の製造法

 その手順は当然ながら羊皮紙ギルドの秘伝とされ、錬金術なみの不可解な用語が飛び交ったらしい。それでも妥当な線の製造法が明らかになっている(黄金と違ってちゃんと本物が製造できるからである)。大雑把な手順を紹介するなら−−

1 動物の皮をきれいな冷水にて一昼夜水洗いし、軽く腐敗させて毛を落とす。
2 10日ほど石灰水に漬けてさらに無駄な部分を除去する。
3 ぬるぬるになった皮を取り出して木製の台に張りつけ、特別のナイフで毛と肉をそぎおとす。
4 ふたたび冷水につけて石灰水を除去する。
5 木製の枠に張りつけ、三日月型のナイフで表面をなめしつつ乾燥させる。



かくの如く複雑な工程で作製される羊皮紙は、当然ながら高価なものであった。紙の10倍の値段であったとされているが、それだけの価値はあるのである。丁寧に製作された羊皮紙は独特の淡い色をたたえ、かつ抜群の耐久性を有する。また表面を薄く削ることで再利用も可能なのだ(未使用の羊皮紙云々というおまじない本の指示はこのあたりに由来する)。


羊皮紙の切れ端

 羊皮紙は天然素材である以上、一定以上の均一性を得られない。早い話、書物作製用の長方形に仕上げれば、バリとなる部分が多数でてしまうのだ。そういった切れ端は護符業者等の別ルートに流れたものと思われる。

 ローワン・ワトソンの『彩飾手稿とその作り手たち』(2003)に面白い記述がある。1471年にトリスタン・エルミテという悪徳判事がジルメールなる渡り彩飾職人を捕縛して取り調べた際、職人の持ち物として「ポワティエ近郊の酒場で買った、ネックレスタイプの歯痛よけの護符。女性にもてるためのお守り」といった羊皮紙が押収されたとのこと(1)。

 下の護符はこれまで各所にて引用してきたものだが、ここでも参考用に出しておこう。


月の満ちるとき、あるいは欠けるとき、星の見える夜の11時から12時。未使用の羊皮紙を用意せよ。それに目当ての娘の名前を記せ。羊皮紙は図のとおりの形にするべし。裏面には次の言葉を刻め。 Melchiael, Bareschas。羊皮紙を地面に置くべし。人名のほうを下にせよ。左ひざを地面につけ、右足を羊皮紙に乗せよ。この姿勢のままで夜空で一番明るい星を眺めよ。右手には一時間以上燃えつづける大きな白蝋燭を持つべし。そして次の呪文を唱えよ。

 われ汝に敬礼をなし、汝を呼び出さん。おお美しき月よ、美しき星よ、我が手のなかの輝きよ。われが吸う空気によりて、わがうちにある息によりて、われが触れる大地によりて、汝のなかに住まう諸侯たるもろもろの霊の御名によりて、われは汝を呼び出さん・・・(以下略)
ジルメールが所持していた護符もこの類であったと思われる。


1) Rowan Watson, Illuminated Manuscripits and their Makers (London: V&A, 2003), p.12.


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