なにもここで四行詩の解読をやろうというのではない。むしろ、以前から疑問に思っていたことを考えてみたいのだ。
1920年にルイス・スペンスが発表した『オカルティズム百科事典』という大冊がある。さまざまな項目がエントリーされていて、それなりに役に立つのだが、ノストラダムスに対する言及がまったくない。"prophecy"
の項にすら出てこないのである。
無論、ノストラダムスはフランス人であったから、英国ではさほど人気がなかったのかもしれない。
しかし、エリファス・レヴィの『魔術の歴史』にはノストラダムスが紹介されているが、それとてナポレオンの勃興を語る際にマダム・ルノルマンやエッティラと同列で言及される程度である。
マダム・ブラヴァッキーは『イシス顕現』においてノストラダムスに触れている。天文学と占星術の差異を紹介したあと、占星術擁護の立場からノストラダムスを持ち出し、「懐疑主義者はノストラダムスをさんざん馬鹿にしてきたが、現在の社会情勢を見るだけで彼の正しさがわかる」としている。もっとも、その後に引用される四行詩は1453年発行の予言書からの引用とされており、クリミア戦争を予言したものだという。
ノストラダムスの出生年が1503年という基本的事実を把握せずに、大上段から切り込んでくるブラヴァッキーの姿勢は実に愛すべきものがある。
ちなみに、ノストラダムスの生まれる50年前に出版された“ノストラダムスの予言書”は、どうやら大変な貴重品らしく、サマセットシャーの某紳士の所蔵品である云々との脚注までつけられている。
1918年、アメリカでひまを持て余していたクロウリーは、占星術関連の文章をあれこれ記しているが、このなかにノストラダムスに触れたものがある。海王星の占星術的意義を考察したのち、人間には正当な理由で名声を得る場合とそうでない場合があるとする。
クロウリーいわく「ノストラダムスを例にとろう。中世には、存命中に評判をとった占星術師が何千人もいた。しかし歴史は、とりたててこれという理由もなくノストラダムスという名前をピックアップした。かれが他の同業者から抜きん出ていたわけではなかったのだが、何らかの理由によってかれの周囲に伝説が集合した。そしてかれは歴史に名を刻み、他の同業者は忘却の淵に沈んだのである」
すなわちわたしの抱いていた疑問とは、ノストラダムスが英語圏でとりざたされるようになったのはつい最近のことであって、もっと具体的にいえば二次大戦後からではないかということである。
わたしがこの問題を考えるに至ったのは、無論ノストラダムスや大予言に興味があったからではない。このところ世に氾濫しているナチス・オカルト説というかヒトラー・黒魔術師説のサイドスタディーとして、ノストラダムスに注目したのである。さらに言葉を継ぐなら、戦時プロパガンダの研究ともいえる。
*
1984年末だったと思う。日本でイングランド対アルゼンチンのサッカー親善試合が行われた。フォークランド紛争後、両国がなんらかの形で接触を持つのはこれがはじめてだった。日本で行われたのは僥倖と申すべきである。これがヨーロッパのどこで行われようとも、英国からフーリガンが押しかけ、試合以前に市街戦が突発したであろう。
当時わたしはロンドンに住んでいた。試合前、英国のスポーツ番組では特集を組み、試合自体は日本からの衛星生中継となった。午前3時からの放送だったが、わたしは懐かしさも手伝い、テレビの前に座った。
試合は2対0でアルゼンチンが勝った。ラフプレーもなく、試合後の雰囲気も悪くなかった。わたしは翌朝のスポーツ報道が待ち遠しかった。アルゼンチンのボケどもを蹴散らせとあおりまくっていたキャスターたちは、どういう顔で報道するのだろうか。
結論からいうと、わたしは顎を外した。試合結果が報道されなかったのだ。試合自体がなかったかのように、キャスターたちは淡々と番組を進行させていった。
なるほど、これが英国か、とある意味感心させられた。
さて、英国国民ほど好戦的な民族はいない、とまでは言わないが、戦争となれば一気に加熱するのは間違いないようである。
戦争になると一番冷静なのが軍人であり、一番燃え上がるのが一般国民なのだ。しかも、通念上冷静沈着であってしかるべき学者、作家、ジャーナリストまでが夢中になるらしい。この種の“文化人”が開戦と同時に陸軍省なり海軍省なりに押しかけてきて、自分もお国の役に立ちたいと志願するのである。
ただしこの種の文化人は、小銃担いで塹壕に入る気はまったくない。自分は頭脳を用いて国家に貢献すると決意しており、異口同音に「情報活動をやりたい」とほざく。
軍部としては、ありがためいわくなのである。ただし相手はそれなりの社会的発言力を持つ教授や作家やジャーナリストである。じゃけんにするとあとがこわい。
そこで軍部としては、この種の文化人を一箇所にまとめ、「政治戦略局」などとそれらしい名称を与えてやり、成功しても問題のない作戦をやらせることが慣例となっている。
この種の冗談作戦のなかに、ノストラダムスを用いた宣伝活動があったのである。
以下、続く。
戻る