ミネッタ著『カード・リーディング』に見る最初期ライダー版タロット



 最初期のライダー・ウェイト・スミス・タロットの姿を推測するにあたり、もっとも信頼すべき資料は『オカルト・レヴュー』誌1909年12月にある13枚のイラスト(大4枚、中1枚、小8枚)、さらにウェイト著『タロット図解』1911年の78枚である。とりわけ『オカルト・レヴュー』の大4枚は、ウェイトが紹介記事において"taken direct from the drawings"と書いているように、パメラ・コールマン・スミスの原画を写真製版したものと考えられる。『オカルト・レヴュー』誌の13枚は2年後に登場する『タロット図解』収録の図版と比較すると、どれも横幅が若干広い。というよりも、『図解』の78枚が水平方向にトリミングされている。この処理は、製品版のカードを作製する際に、各カード間のマージンを稼ぐためであったと思われる。

 従来、もっとも初期のRWSタロットとされていたパックは、『タロット図解』のトリムド・イメージを持ち、背模様はクラックドパターン、さらに1910年発行のウェイト著『タロットの鍵』と1セットになったもので、いわゆる「パメラA」パックであった。ところがごく少数ながらトリミング前の幅を持ち、「薔薇と百合」の背模様を有するパックが存在しており、その位置づけをめぐって議論が交わされていたが、これは『オカルト・レヴュー』誌1910年4月号裏表紙の広告の発見によってほぼ決着を見たといえる。すなわちこの広告においてライダー社が1910年4月にRWSタロットの「セカンド・シリーズ」発売の準備が整ったこと、またRWSが当時のアーツ・アンド・クラフト展覧会に出品されていたことを明記している。結論としては、「薔薇と百合」パックが最初期に製作され展覧会に出品された製品であったのだが、紙質とカード間マージンの点で問題があったため、そのあたりを改善した「パメラA]がセカンド・シリーズとして1910年4月にリリースされたのである。

 さてパメラ・コールマン・スミスがRWSタロットの原画として80枚の絵を描いたことは、彼女がスティーグリッツに宛てた手紙(1909年11月19日付)にてなかば愚痴のように報告している。タロット78枚、薔薇と百合の裏模様一枚、そして謎の一枚という内訳になるが、これらの原画は現在、行方不明である。ともあれカードを製作するライダー社は、原画80枚がざっと出来上がった時点ですべてを写真撮影し、以降の作業は紙焼きしたフォトコピー上で行ったと考えられる。『オカルト・レヴュー』誌1909年12月の13枚を見ても、ホワイトで修正したり、上から紙をあててスペースを作り出した形跡が見て取れるのである。この作業を行うにあたり、ライダー社が複数のフォトコピーセットを製作したのは想像にかたくない。仮にファースト・シリーズの原版となったフォトコピーをフォトA、セカンド・シリーズおよびPKTのそれをフォトBとすると、今回紹介するミネッタの挿絵はフォトCに相当するものといえようか。

 ミネッタ著『カード・リーディング』(1913年、ライダー社)はプレイング・カードを用いたカード占いを主に扱っているが、第17章、18章はタロットを扱っており、参照用としてRWSを用いた図版が添えられている。ミネッタの本は187mmx130mmという小型本であるため、当然ながら挿絵も小さく、ゆえにこれまで注目されたことはほぼなかったといってよい。今回、600dpiというスキャンをかけて拡大し、詳細に検討した結果、実に興味深い事実が判明したため、報告する次第である。


Minetta RWS Plate



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 詳しい解説に入るまえに、右の図版について若干の説明が必要である。ミネッタの図版にあるカードは一枚一枚が15mmx24mmという小ささである。これを600dpiでスキャンし、『タロット図解』(略称PKT)の図版と縦寸をあわせて並べている。赤丸でくくった部分に注目すべき差異が存在する。図版は700x800ピクセル相当の図版へリンクされている。

 さて注目すべき一枚がペンタクルの9である。注目すべき差異はミネッタ図版における袖下の金星マークの欠如であり、また衣の全面がまっさらの白である点である。PKTの衣にはあちこちに染みのような点がついているが、これはなんであるのか。想像するにこの図版はミネッタのそれが最初期の状態であり、ここに色を乗せる際の指示として袖下に金星マークを入れてみた。ペンでくっきり入れるとうるさくなったので他の金星マークは鉛筆で薄く描いたのであろう。

 すなわちミネッタの図版は、最初期に作られたRWSフォトコピーセットを用いて作製されたコラージュワークであり、パメラ・コールマン・スミスの原画に一番近いものと想定されるのである。


 剣のペイジの差異は一目瞭然であろう。空に舞う鳥がミネッタでは7羽、PKTでは10羽に増えている。最初から10羽いて、ミネッタ本のために3羽を消したとは考えにくい。一番無難な解釈は、パメラ・コールマン・スミスの原画には7羽しかいなかった。後日、これを10羽にすることで、ペイジが生命の樹のマルクトに配属されるという照応関係を表そうとしたのではないか。もっともこの説は他のコートカードとの整合性という点で疑問の余地がある。剣の王の鳥は2羽であるから、コクマー相当としてもよいが、女王の鳥は1羽、騎士の鳥は5羽となっているからである。

 『世界』の場合、ミネッタの鷲の周囲には左上に雲の輪郭線があるが、右下方にはなにもない。描き忘れとも考えられず、頭を悩ませる存在となっている。ただしRWSの場合、雲の描き方が2種類あるという点がヒントになるかもしれない。たとえば上にある剣のペイジを例にとると、背景の雲は輪郭線のみで、製品となったカードではグレーの濃淡が加わって立体感を出している。これは剣の王、女王でも同様である。しかるに各スートのエースの手首周りの雲、杯の7の雲、恋人たちや審判の天使にまつわる雲は複数の線を用いて描いている。複数線の雲は自然界の雲ではなく、スーパーナチュラルな存在なのである。当初パメラ・コールマン・スミスは鷲の周囲の雲は自然界の雲としてグレーの濃淡を用いようとしたのだが、やはりバランスが悪いので後に複数線を描き加えたのか。あるいはだれか他人が描き加えたのかもしれない。PKTの鷲の下の雲の線は他の雲に較べてどこかしらバランスがとれていない印象を受けるからである。

 棒の女王の差異は、その意図が明瞭である。ベタ塗りされたライオンに赤色を乗せたいので白抜きしたのである。ただし太い尻尾の黒がそのまま残っているため、バランスはよくない。そもそもこの2頭は左右対称になっておらず、とくに左のライオンの後脚が変である。

 ミネッタの棒の女王には左右からカードが重ねられており、全体が把握できない。ただし重なってきたカードの縁をよく観察すると、陰影の出方等からペーパーコピーを重ねて撮影したものであることがわかる。

 以上、ざっとミネッタ本とPKTの差異とその理由等を述べてきたが、この煩雑かついかにもトリビアな作業にいかなる意義があるのか、疑問に思われる向きもあるだろう。すべてはRWSタロットの作製過程を明らかにし、パメラ・コールマン・スミスが果たした役割とアーサー・エドワード・ウェイトが果たした役割を少しでも明らかにせんがためである。あるいはRWSタロット中、もっとも見落とされがちな“R”すなわちライダー社の役割にもっと注目しようというキャンペーンといってもよい。

 ともあれ本稿の主張は−−1909年、ライダー社がRWSタロットを出すにあたって準備段階で作られた複数の原画フォトコピーセット、そのうちのひとつが1913年のミネッタ本の図版に流用されたのであり、この図版を『オカルト・レヴュー』誌や『タロット図解』と比較検討することで最初期のRWSタロットの姿が部分的にでも明らかになる、ということである。



bibliography

-- . The Occult Review 1909. December issue. William Rider and Son, London, 1909.
Waite, Arthur Edward. The Pictorial Key to the Tarot. William Rider and Son, London, 1911.
Minetta. Card-Reading. A Practical Guide. William Rider and Son, London, 1913.



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