江口之隆

魔道をゆく

倫敦のみち(続)



警察
 私の部屋には電話がなかったから、当然公衆電話に頼るしかない。

 しかるにロンドンの公衆電話と来た日には、10台並んでいれば7台は故障している。

 そもそも私は自発的に電話をかけるという習慣が皆無であって、2年に1回もあればいいほうである。それでもやむをえない場合もある

 そういうやむをえない場合がロンドン滞在中に生じたのである。日本への国際電話となるから、使える公衆電話も限られる。時差の関係もあり、こちらは真夜中にかけるしかない。

 午前三時に部屋を出て、近所の公衆電話に向かう。通りには誰もおらず、暗かった。ロンドンは比較的治安がよいとはいえ、油断は禁物である。私は視力暗順応を心がけつつ、ポートベロ・ロードを歩いていった。

 やがて巨大な人影が2つ、前方からやってきた。すでに相手の正体を視認していたので、私はそのまま近づいていった。巡回中の警察官だったのだ。

"Excuse me, sir, may I ask where you're going?"
"To the telephone box, sir"

"In this hour of night?"

"It's an international call, you know"

 それでもどこか納得いかない様子の警察官たちである。ふと私は名案を思いついた。

"Would you escort me to the telephone box?"

"Sure, sir"

 私は警官2名を即席の護衛として公衆電話まで向かい、無事に連絡を終えると、ふたたびアパートまで送ってもらったのである。

 どういう理由か知らないが、私は昔から警察とは相性がよいのであった。



左が警察官、右は交通取締官


ヨーク・コレクション


 さて、本題ともいうべきヨーク・コレクションである。

 そもそもヨーク・コレクションの内容を記すと、基本的にはヨークが集めたクロウリー関係の書物、原稿、書簡を中心とし、これに1950年代になって加わったF.L.ガードナー文書とガースティン文書、さらに1960年代にJ・F・C・フラー文書が加わったものであって、総点数はおよそ2万と推測される。

 このうち整理分類が終了したのは四分の一程度にすぎない。

 *追記:1992年前後に整理分類が終了している。

 膨大な未整理文書はいまだダンボールや錫製のトランク・ケースに収められ、ウォーバーグ研究所の一室に保管されている。私が案内されたのもこの部屋だった。

 整理済みの文書は一階図書室の分類番号カードによって閲覧できるのであるが、一応現物を見たいとの私の希望が通り、未整理分を特別に見せていただいたのである。司書氏からあまりいじらないよう注意されてはいたが、そこはそれ。

 未整理分の文書の山から、まず発見したのが未発表のフライング・ロール。続いてスフィア文書、パーシー・ブロックの手紙であった。もうこれだけでも気が遠くなりそうである。別の箱にはクロウリーの書簡が無造作に突っ込んであり、しかもそれが1930年代後半のもの。さらにはモスクワ通信と題される日記。

 いちいち書いていたらきりがない宝の山である。あまりの質と量に、どこから手をつけてよいやら呆然自失であった。

 ともあれ私は日本で用意してきたノートを取りだし、リガルディーの The Golden Dawn で発見した不審個所とガードナー文書にある当該個所の突き合わせを開始することにした。思ったとおり、mとnの誤記、あるいは脱字の類がぞくぞくと見つかる。記述の欠落、順番の変更、その他もろもろ、逐一チェックしていく。

 私としてはすべての文書をコピーしたかったのだが、残念なことにそれが出来ない。コピー許可はヨーク大人が出すべきものであって、ウォーバーグ側にはその権限がいまだ与えられていないのだ。しかもヨーク大人は先年他界されており、こういった末端の権限の所在がいまだサスペンド状態なのである。

 こうなればスパイ映画もどきにミノックスを使ってマイクロフィルムに収めるしかないのであるが、ここを紹介してくださった恩師の顔に泥を塗るような真似もできない。ともあれ、Eyes Only ながらも片端から目を通し、めぼしいものを筆写していくことにする。

 私の人生はここで完結してもよかったのである。フロレンス・ファーがマサースから受け取ったSDA捏造告発書簡を握り締め、この場で心臓発作を起こして死ねたなら、私もGD神話の末席を汚せるかもしれない。


GMR


 ようするに“グレート・マジカル・リタイアメント”、大いなる魔術的隠遁というやつである。名を残した魔術研究者の多数がこの作業を行うのであって、世俗を絶ち、どこかにこもって数年ほど魔術研究に没頭する。ウェストコットの場合、1879年から2年間、ヘンドンにこもってひたすらオカルト研究を行っているし、メイザースなんぞは一生のほとんどがGMR状態であった。換言すれば失業中なのである。

 ふと気づけば私もGMR状態に入っている。ロンドンでなすべき作業は魔術研究しかないからだ。月曜から金曜まで、朝から晩までウォーバーグにこもり、ヨーク・コレクションを漁ったり、他の魔術文献を調べたりしている。トテナム・コート・ロード駅で降りて研究所まで歩く途中、アトランティス書店と大英博物館を覗くことが日課となっていて、これも魔術研究の一端にはちがいない。

 来年3月には帰国する予定であるが、それでも半年以上、ただ黄金の夜明け団にのみ終始する日々が続くのである。もちろん土日は気晴らしにカメラ片手にロンドンをうろちょろしているが、行き先ときたら、ホルボーンのユナイテッド・グランド・ロッジ見物であったり、ブライスロード36番地の実検分であったり、やはり黄金の夜明け関連から離れないのである。

 この境遇は、もしかしたらとんでもない幸運なのか、あるいは不運なのか。渦中にある本人には最後までわかるまい。



インタールード



 ウォーバーグには教授や学生等、多数の人間が出入りしているが、もっとも人目を引くのはシスター・クレアにちがいない。

 博士号取得のため修道院から特別許可を得て研究所に通ってらっしゃるそうで、週に一度のペースで顔をお見せになる。

 シスターがいらっしゃる日はすぐわかる。ウォーバーグ周辺がへんに華やいでいるし、ファンの女の子たちがそわそわしているからだ。

 シスターは年齢不詳でらっしゃる。不思議なことに、どこかまぶしい。理由は明白で、こちらの瞳孔が開くからである。私はこの事実に気づくまでに少々時間がかかった。とある学生と廊下で雑談をしているとき、学生の表情が一変し、瞳孔が拡大したのである。振り向いてみると、シスターが歩いている。私の瞳孔も拡大したらしく、シスターの白い僧服がハレーションを起こしていた。一瞬、オーラと思えたほどであるし、事実あれをオーラと思う人は多いだろう。私はカメラ関係を通じて少しは光学を知っているし、眼球の構造なども学んでいたから、オーラ云々という短絡はしなかっただけである。

 問題は、なぜシスター・クレアに会うとこちらの瞳孔が開くか、であろう。結局これは性的興奮と同様、ある種の条件反射と思われる。セクシーな美女に対して通常の男性は性的刺激を覚え、ある種の肉体的反応を催す。

 同様に、シスター・クレアの場合は、われわれに“聖的興奮”を覚えさせるのではないか。そして聖的興奮の肉体的条件反射が急激な瞳孔拡大であって、その際に眼球内で生じるハレーションがいわゆる“後光”や“オーラ”として認識されるのであろう。

 俗な言い方で申し訳ないが、シスター・クレアは美人というよりも佳人というタイプの女性である。それでいて黄檗宗イシス・ウラニア派の私の瞳孔を拡大させるのであるから不思議である。“聖的興奮”の正体は、性的興奮の正体と同様、おそらく人類最大の謎となるであろう。

 聖フランシスコ・ザビエルは言葉も通じない日本でまたたくまに多数の信者を得ている。おそらくこの聖人も異教徒の瞳孔を一気に拡大させていたのであろう。聖的興奮は言語も民族も超越するのである。

 一度だけ、シスター・クレアとお話させていただく機会を得た。気候の挨拶程度の会話であったが、シスターから「なんの研究のためにここへ?」という趣旨の質問をされた。

 「クリストファー・マーロウです」と答えるしかなかった。聖なるシスターにクロウリーだGDだと、あなた、口が裂けても言えますまい。



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