タロット評 :

パメラ・コールマン・スミス RWS タロット

Review : Pamela Colman Smith RWS Tarot.
published by Lo Scarabeo, 2009. made in Italy.


今年2009年がライダー版タロットの100周年にあたるため、各社より記念版が登場しているわけですが、イタリアのロ・スカラベオ社も当然の如く美しいタロットを引っさげての登場です。英米では販売されていない、その正式名も長たらしい「パメラ・コールマン・スミス RWS タロット」。これがようやく手に入りましたので勇んでレヴュー、と思ったまではよかったのです。いざキーボードを打つとなると、かなり気の重い作業となってしまいました。

そもそも「パメラ・コールマン・スミス」の名をデッキに冠した以上、アーチストに対する尊敬なり愛情なりが表現されていて当然でありましょう。このデッキにはそれがない。なるほどカード裏面は貴重なチューダーローズが再現されています。しかし肝心の絵面となると、スカラベオ社のフォーマットである5ヶ国語表記の上下バーが導入されています。それゆえに長年RWSデッキとともにあった手書きのタイトルが味気ないコンピュータ・フォントに変更されてしまいました。そしてもっともひどい部分は、上下に別スペースを追加しながらカードサイズ自体に変更がない。すなわち、上下バーを優先するために原画を圧縮したり一部をカットしているのです。無論のことスカラベオ社も、なるべくそれが目立たないように処理していますが、なかには空いた口がふさがらないほどの大胆な手口もありました。小生が根拠なく批判していると思われてもなんですので、具体的に参りたく思います。




さて、上下バーを優先するためにRWS原画の圧縮を行う際、比較的に楽なのは大アルカナとコート・カードたちです。これらのカードはもともと下部にタイトルスペースを有していますから、両サイドをわずかに削ってから元の大きさに戻すという方法で縦寸のマージンを稼げます。事実、他社の同カードを横に置いて慎重に比較しないとわからない程度にまでもっていくことも可能です。しかし上下部分ともにびっしり絵が描いてあり、部分縮尺が難しいカードとなると、大胆な手法が使われてしまいました。大アルカナでいえば、「正義」がそれにあたります。

百聞は一見に如かず。左はUSGのPCSコメモラティブ、右がスカラベオの今回のデッキです。わかりやすくするために水平面を同一にしてみました。本来一段高い台座の上に座している正義が、スカラベオ版では台座側面の表現がカットされているため、ただの椅子に腰掛けているも同じです。ローマ数字のXIが上部バーに移されたため、なんだか黄色いスペースが不安げでいけません。わずかながら両サイドのスペースが削られているのもお分かりいただけると思います。

あとで説明しますが、これはスカラベオ社が原典としたエディションの差異といった問題ではありません。


さらに小アルカナの数札が相手となると、上下バーのスペースを作るために部分縮尺をしなければ到底収まらないわけです。それすら難しいカードでは、真ん中にメスを入れるという暴挙も行われています。剣の4では石棺側面のラインがまるまるひとつカットされてしまいました。わかりやすいように赤線で囲んでおきましたのでご覧ください。右の元絵は1922年刊行のウェイトの『タロット図解』から。

こういってはなんですが、ロ・スカラベオ社はこの『パメラ・コールマン・スミスRWSタロット』でなにをしたかったのか。100周年ゆえにしょうがなく出した、としか思えません。自社のフォーマットを優先してコールマン・スミスの原画を改竄することに何の意味があるのか。


しかしこのデッキ、配色、発色自体はなかなか好感が持てるといえましょうか。近年のUSGのスタンダードとりわけイタリー印刷のそれは絵面のグロッシーが効きすぎて嫌らしく、色はぎらつき、化学薬品臭もきついという代物です。あれと較べればどれだけましか、とお思いになる向きもおありでしょう。しかしこれとてスカラベオ社のお手柄ではありませんでした。外箱の底に明記してありますが、このデッキのコピーライトはドイツのケーニッヒスフルト社にあるとされています。事実、小生の手許にあるケーニッヒの『タロット・カルテン・フォン・A.E.ウェイト』(ポケットサイズ)の配色と発色が今回のスカラベオRWSとほぼ同一、というか、これを複製してモディファイしたものといってよいかもしれません。ケーニッヒからライセンスを得たのは間違いないでしょうが、その後フォトショップのデータを貰ったのではなく、手許にあったケーニッヒのデッキをスキャンして流用したのでは、とまで疑ってしまいます。なぜかといえば、ケーニッヒにあるエラーがスカラベオRWSにも見られるからです。

右がケーニッヒのポケットRWS、左はスカラベオRWS。大きさは見てのとおりずいぶんとちがいます。問題のエラー部分はアダムの脚の間の空間ですが、この部分を拡大してみましょう。



まずケーニッヒの問題箇所。ご覧のように両脚の間の空色の濃さが違います。塗り忘れ、というやつでしょう。CGの塗り絵をたしなむ人ならよくわかる、というか実にありがちなミスです。


で、こちらがスカラベオのそれ。塗り忘れはケーニッヒと共通ですが、こちらのほうがカードサイズが大きいにも関わらず、拡大してみると輪郭線がぼやけています。両デッキを並べてスキャンした画像から切り出したものですから、諸条件は同一です。しかるにこの差はどういうことか。マスターデータからアウトプットした画像ならば、版型が大きいほうが情報量も多いはずなのです。これはむしろ、ケーニッヒのポケットRWSをスキャンしてブローアップしたのではないか、そう思われてもしかたがないボケかたです。

それくらいなら、いっそのこと最初からケーニッヒスフルトのRWSを購入したほうが気が利いています。ケーニッヒはタイトルこそドイツ語表示ですが、小アルカナの数札には上下ボーダーは存在しませんから画像のゆがみもありません。無論のこと、上で紹介した正義や剣の4の大胆なカットもないのです。ただしケーニッヒのバックパターンは紫地に黄金薔薇十字という仕様ですから、人により好き嫌いが分かれるでしょう。


小生の印象としては、これはやはりやっつけ仕事なのでしょう。RWS100周年ゆえに記念デッキは出したいが、本当はあまり乗り気ではない。RWSはUSGが著作権を主張しているので英米での正面衝突は避けたい。ゆえに欧州限定販売、画像はケーニッヒから貰い、従来の多言語フォーマットに乗せて適当にフォトショで寸法合わて一丁あがり。記念デッキと銘打つためにバックパターンだけはチューダーローズにしているのです。なんというか、パメラ・コールマン・スミスに対する愛情と敬意が感じられない。

以上、今回のレヴューはいかにも辛辣な内容となってしまいました。何度か触れましたが、このデッキは英米では発売されません。日本に入ってくるかどうかも不明です。欲しいと思われる方はアリダあたりの通販が無難でしょう。


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