トマス・レイク・ハリスの日本人観


幕末、薩摩から送り出された秘密留学生たちがローレンス・オリファントの「善意」の結果、アメリカのカルト教団「新生兄弟団」に送り込まれてしまった件に関しては、これまで随所で触れてきた。留学生の多数はすぐに教団生活の意義に疑問を抱いて離反してしまい、その間の記録すら残していない。今回はかれらを受け入れたオリファントやハリスの側の感想に注目してみたい。

オリファントはエルギン卿の秘書として最初の来日を果たし、当時の英国人としては有数の日本体験を持った人物といってよい。


ローレンス・オリファント

オリファントの見た日本人たちは「身体は壮健だが、精神は教養と文化を尊ぶ。怠惰を愛することはないが、洗練された気性にあう職業を好む。商業は下賎のものと見なされていて、文学や芸術、さらに科学的追求は高貴のわざとされている」とのことで、ほぼべた褒めである。のちに東禅寺にて水戸浪士に斬られたのちも、かれの日本人観は悪化することはなかったようである。

この妙な深情けのなせる業か、のちに薩摩から英国に秘密留学することになる若きサムライたちがオリファントを頼ったとき、すでにトマス・レイク・ハリスに傾倒していたオリファントは自腹を切ってかれらをハリス教団に送り込んだのである。動機はいろいろと考えられるが、全世界的救済を題目とする教団にとって外国人改宗者は格好の宣伝材料であったであろう。またハリスの教義こそ最新鋭にして最良のキリスト教ドグマと確信していれば、外国の若き俊英たちにそれに触れる機会を設けてやることこそ親切と思ったのかもしれない。ともあれ当時のオリファントは英国下院議員にして著名ジャーナリストにして社交界の寵児である。その人が推薦するルートとなれば、とりあえず乗るというのが礼儀というか常識的判断であったにちがいない。



トマス・レイク・ハリス

さて薩摩武士たちを受け入れたハリス教団側も、はじめて接する日本青年たちの資質に感銘を受けていたようである。後世のわれわれは、あの当時の薩摩武士を日本人のサンプルと思われては困るというのが本音であるが、かれらの質実剛健と克己心、さらに向学心は特筆に価いしたらしく、ハリスも賛美の言葉を惜しんでいない。のちに日本人留学生たちの多くは教団から離れたが、当時最年少の長澤鼎はそのまま残留することになるし、のちに森有礼が送り込む新井奥邃という稀有の人材を得て、ハリスの日本人観はいよいよ堅固なものとなっていった。それは教団運営における信頼といった次元にとどまらず、教学や預言の域にまで達している。たとえばハリスの教義にはきわめて空想に富む終末論があるが、聖書級カタストロフに際して世界中の人間が絶滅するとされるなか、日本人はかなりの確率で生き残るというのである。

「黒人種は消滅する。ユダヤ人種もまた消滅するであろう。一般的にいって、劣等人種は消滅する。マライ人、氷結地帯に住む人種、太平洋とインド洋を隔てる地域に住む人種、ほぼすべての中国人、韃靼人、さらにスラブ人の九割は消滅する。中央ヨーロッパに住む人間も八割方は消滅する。スペイン人とポルトガル人はほぼすべて絶滅し、イタリア人も八分の七は絶滅する。ヨーロッパ人のなかでフランス人がより多く生き残るだろう。地球上で生き残る率が一番高いのはフランス人と日本人である。アイリッシュ・ケルト人たちは黒人種とほぼ同じく絶滅する。黒人とインディアンを別にしても、カナダと合衆国の人間は八分の七が絶滅すると思われる」(ハリスの終末論メモより)

これ以外にもハリスは日露戦争の趨勢に注意を払い、日英同盟が成立した際には「日本が英国の罪悪に汚される」と嘆いたという。アマテラスすなわち女神を主神とする日本は現代世界にあって特殊な存在であり、ハリスの思想に共鳴する部分が多々あるとされる。その真偽、是非はともかく、19世紀のカルト教団が日本と関係し、日本に影響されていたというトピックは、小生などには興味津々でたまらない。

以上、シュナイダー&ロートンの『預言者と巡礼』の読書メモがわりとして。
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