最近、気になっておるのですよ、クリエイター関連の方々の言葉使いが。
「中世の魔法書によれば」とか気安くおっしゃっていただくわけですが、果たしていかがなものか。
そもそも中世という言葉の認識からしておかしい場合が多い。西洋史における“中世”とは、西ローマ帝国の滅亡からコンスタンチノープルの陥落までのおよそ1000年間を示す言葉であり、その後の約100年間がルネサンス、以降は近世ですな。
だいたいの話、中世の魔法書など数えるほどしかないのですわ。アバノのピエトロ、ロジャー・ベイコン、アルキンディ、アヴィセンナ、それにピカトリックスくらいですか。この連中とて中世後半の産であり、前半500年に至るとまったくの空白状態。八世紀にアルハザードが『ネクロノミコン』を書いたくらいで(ああ、やだやだ)。
今に伝わる多数の魔法書は、中世に記されたとされる近世の産物と思ってまちがいない。
中世は印刷術が発達していないため、書物はお手手による写本がメインです。写本製作は主に修道院で行われるわけで、魔法書を写す修道士などまずいない。この状況下では「魔法書」など存在不可能といってよい。
いわゆる魔法書が印刷書として登場しはじめるのは17世紀中頃くらいから、魔女狩りのあほらしさを世人が認識してから、といってよい。ソロモンの鍵もアブラメリンも、なんだかんだいっても近世の産物なのです。
魔術の歴史は紀元前2000年のエジプトあたりに端を発し、紀元4世紀のグノーシス派までがひとくくりで、中世に入るとまったく不毛の世界。中世後半からぼつぼつ登場しはじめ、ルネサンスに入るとフィチーノ、ピコ、アグリッパと花咲きはじめるわけですわ。
結局のところ、魔術を魔術と認識して研究発表を行ったのは、やはりアグリッパからでしょうな。フィチーノもピコも、「おまえは魔術師だろう」と言われたら激怒したに決まってますわ。パラケルススにしても、自分は真の医術を追求しているのだと思いこんでいたのです。
では、なにが魔術的思想なのか、ということになると、やはり万物照応論だと思うのですわ。でもって、占星術でも天文学でもいいですけど、とにかく宇宙の情報がないと万物は照応しにくいわけで、中世ヨーロッパの魔術が不毛なのは天文学不在という事情がからんでおるのでしょう。
古代ギリシャに花開いた天文学は、中世ヨーロッパにはろくに伝わらず、もっぱらアラビア圏で保存されていた。これがラテン語訳されてヨーロッパに輸入されたのが11世紀なんですな。その頃からわずかではあるけれどピカトリックス等の魔法書が登場してくるのは偶然ではない。
続いてコンスタンチノープルの陥落によってビザンチウムの学者と文書がフィレンツェに流れつく。ギリシャの自然科学と文化がヨーロッパにもたらされるわけで、ルネサンスの萌芽ですわ。
それでは古めの英語の魔法書の読み方を解説しましょうか。
まず皆様を迷わせるのがカクストン活字でしょうな。ようするに f と s 、 v と u 、i と j が共用されている書体ですわ。
具体的には1655年に出た『ヘプタメロン』を見てみましょう。
The form of Circles is not alwaies one and the same; but useth to be changed, according to the order of the Spirits that are to be called, their places, times daies and hours. For in making a Circle, it ought to be considered in what time of the year, what day, and what hour, that you make the Circle; what Spirits you would call, to what Star and Region they do belong, and what functions they have. |
2行目の“ useth ”の語尾変化は文語体の三人称単数現在形ですな。その他注意すべき点は、always,
days といった複数形語尾が ies となっていることぐらいでしょう。英語自体はモダン・イングリッシュですから、問題はないはず。
ついでに中世英語を少しだけ見てみましょうか。次なる4行は14世紀初頭の詩『オルフェオ』の冒頭部分。
We often read and find written songs which scholars made us know.
We find a wonderful thing in the songs for harp.
“ ywryte” とは“ written”と同じで、語頭のyは過去完了を表す接頭語です。2行目のdon
は do ですが、中世の do は使役動詞です。
とまあ、これくらいややこしい代物なのですわ。これに較べれば『ヘプタメロン』がモダンだというのがおわかりでしょう。
中世の魔法書なる言葉を軽々しく使ってはなりませんぞ。