Zの悲劇
How to read Z2
(and rule the world)
そもそもZ文書、とりわけZ2というのは因果な代物で、0=0儀式を土台として「光の魔術の術式」を設定し、その術式を召喚やら喚起やら錬金術やらに応用しようという、そういうコンセプトを有しておるのですな。 したがってこの文書を紹介しようという人間は、応用の具体例も紹介したくなるわけです。 Z文書が初めて世間に公開されたのは1910年春分、クロウリーの『春秋分点』第一巻第三号誌上のことですな。で、ご多分にもれずクロウリーもZ2の応用例を紹介するのですが、それがよりによって1896年5月にアラン・ベネットたちが行った「タフサーサラス喚起」。アルコール漬けにされた蛇の標本入手から始まるとてつもない代物だったため、以降Z2応用に関して無用の誤解が生じたといえますわい。 現実のZ2応用といえばどの程度のものだったのか。そもそもAからZのレギュラー文書はそれ自体では難解な部分があるわけで、ゆえに具体的参考例として“飛翔する巻物”がサポートにまわるという構成になっております。 Z2用のサポート文書はどれかというと、ブロディ−イネスが記した第34巻「兄弟スブ・スペによる悪魔祓い」がそれにあたるといえましょう。 「妻が重いインフルエンザで苦しんでいた。回復したとはいうものの、疲労状態がいつまでも続き、結局は私も同じ状態に陥ってしまった。これは尋常ではない。ある種の吸血鬼的元素霊の仕業であるとの思いが浮かんだ。そのとき、“追難せよ”との声を聞いたような気がした。団のとある達人にお伺いを立てようと意識を集中すると、“我が指示の下で自ら行うべし”という声が、ほぼ肉声のごとく聞こえた。そのとき私は、黒衣をまとい、輝く記章をつけた威厳ある姿が室内に存在することに気がついた。物理的にはなにも見えず、声も聞こえなかったが、それでも私は予備門合図と5=6合図で敬礼した。その姿は、まず荘重な敬礼を返し、私のなかに没入して私の体を借りたようであった」 この部分はZ2のShin、「霊的発達」の“I”の項に該当するのですわ。いわく「聖なる案内を得るための祈りを、志願者が大声で確証する。祭壇の西にひざまづく。入門者の姿勢を取り、同時に星幽的に自分の意識を祭壇の東に投射して、西に振り向かせて自分の肉体に直面させる。自分の左手を星幽的左手で星幽的に握る。そして星幽的右手をあげ、星幽的左手にある蓮棒の似姿を白部分で持ち、中空に掲げる」 ようするにZ2における“高次の自己”、“高次の天才”というやつは、日頃から姿形を与えておいて、いざというときに発動させるわけですな。その姿形も、だいたい魔法系であって、長衣に記章、団の達人という雰囲気となる。 この“高次の天才”の育成を間違えると、悲劇が待っておるのです。すなわち主客転倒、あるいは自己肥大。「サン・マスター」だの「パープル・アデプト」だのと、おおげさな名前をもらってわけのわからない言辞を弄する「マスター」と化すのです。 さて、リガルディーは『黄金の夜明け魔術全書』の編纂にあたって「飛翔する巻物」全巻を利用できなかったのですな。そのためざっくりしたZ2応用という視点がなく、むしろ複雑怪奇な儀式を構成してしまったわけで、あれを魔術儀式のお手本と見なすのはちょっと問題が多いでしょう。 |