薔薇十字記章



 十字はボール紙を切り出して色を塗るか、または適当な形状に切った色紙をはりつけてもよい。色彩は正確さと明度、輝度を要求される。

『黄金の夜明け魔術全書』下巻43p



 上の引用文には続きがあり、いわく「失敗作は完全に破棄すること。間違った色彩や形状は、聖なる事物の退化にして事実上の冒涜である。邪悪を助け、善なるものに無秩序をもたらしているに等しいからである」とのこと。

 しかし「ルビーの薔薇と金の十字架」団の中核的記章を「ボール紙、色紙」で作るという指示からして、「退化にして冒涜」ではなかろうか。

 さすがに紙は情けないということで、昨今は薄板を切り出してジェッソの下塗り、アクリル絵の具で塗装してニスのコーティングという工程が主流のようである。こうして製作される薔薇十字記章は、大きさがだいたい10×14センチ程度。本人と周囲の思い込みがあってこそ納得できる代物といえよう。

 ようするにここはひとつ、腹をくくって宝飾でいくべきではないのか。素直に「黄金と宝石」をちりばめてみよう。



 十字の頭部はカナリアダイヤモンド、左右の腕はルビーとサファイア、下部二区分はダイヤと煙水晶。ベースとなる地金はホワイトゴールドか14金ないしプラチナ。中央の薔薇部分には二十二個の色石をちりばめるが、すべて透明石でなければならない。へブル文字や各種記号がベース地金に彫り込まれているからである。薔薇の四隅から突出する剣先部には水晶を用いる。上質の素材に丁寧な細工を施せば、なかなかに見事な宝飾品となるであろう。

 問題は、いくらかかるのか、である。5×4センチ程度のサイズを想定すると、十字部を構成する色石中、煙水晶はたいしたことはない。問題はルビーとサファイアとダイヤである。単純なスクエアカットとして、それぞれが1カラット程度となる。

 ダイヤは国際シンジケートが崩壊したため相場的には下落傾向だが、腐ってもダイヤである。ここはトパーズとアクアマリンで代用するという手もある。とりあえず御徒町界隈を丁寧に荒らすしかないであろう。

 ルビーとサファイアは代用がきかない。ここをごまかしたら作る意味がない。

 中央部の二十二個の色石は細工が問題となる。そもそもこのレベルに至ると素人の自作はほぼ不可能であるから、しかるべき筋に注文を出すことになる。それがガラードにせよ無名の新人にせよ、相応の手間賃を要求されることとなろう。

 全体としては、30万で出来れば御の字であろう。この金額をどう感じるか、それは各人の感性である。

 さらにいえば、あまりに見事な宝飾品にしてしまうと、一部の不心得者が世俗のパーティー等で着用に及ぶ危険性も懸念される。それを思えば、冒頭に立ち返ってボール紙で作製するのは先人の深遠なる叡智かもしれない。「こんなもの恥ずかしくて儀式場でしかつけられんわ」という仕儀に至れば、玄妙なる神秘は羞恥心とともに深く秘匿されるのである。


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