『磁気と魔術』 デュ・ポテ男爵著 A.H.E.リー編訳

1927年、英国版はアレン&アンウィン、米国版はフレデリック・A・ストークから刊行された奇書といってよい。メスメリズム中興の功労者デュ・ポテ男爵が予約購読者のみに配布した機関誌 La Magie Devoilee (1852) を編集して英訳し、解説およびデュ・ポテの伝記情報を付加した書物である。

 編訳者のA.H.E.リーはA.E.ウェイトのRectified Rite に参入した国教会の牧師であり、のちに『暁の星』団の首領をつとめている。ベザントの共同メイソンにも積極的に参加するなど、当時の代表的オカルト活動家といってよい。そのかれが1927年にいたって前世紀の生体磁気とメスメリズムに着目し、わざわざ本まで出した理由はなにか。それは下に訳出した部分からも容易に想像できるであろう。実にメスメルの磁気説はデュ・ポテの時代になると魔法そのものと化しており、サイコメトリーからネクロマンシーまでをカバーする万能の術の様相を呈していた。マサースがイエイツやフロレンス・ファーを相手に実演してみせたヴィジョン誘発の術も、GDあるいはマサースの独創ではなく、デュ・ポテが行っていた「磁気魔法」の応用ではなかったのか、そう思わせられる内容が目白押しとなっている。




魔法の鏡

床に磁気的意図をもって木炭で円盤を描く。準備が万端整うまでこれを覆っておく必要がある。匂いその他、五感に訴えるものはあらかじめ除去しておく。術者は神経を鋭敏にし、また緊急事態に備えなければならない。また術者は他人と接することも避ける。施術対象者とは十二分に距離をとるべし。呼び起こされた感情があまりに激しい場合、すぐに象徴(この場合は円盤)を覆い隠す必要があるため、不透明の蓋を手近に置いておくべし。見者はいつも愉快なものを見るとはかぎらない。ゆえに術者は冷静かつ万事に備えるべし。


第一の実験
上述の準備を整えたのち、ことをおこなう。見者は意識を失いはじめる。かれの視線は決して魔術円を離れようとしない。旋風がかれをとらえたようである。不滅なる者たちの光がかれの魂を貫通する。かれは荒々しい衝撃を覚える。このあたりは、古代の寓話に残る寓意的戦闘と照応している。いままでのところ、運動しか見られない。かれの本性はいまや地下の炎にあおられ、岩盤にひび割れが入っている。ついにかれは古代の巫女のごとく神託を語りはじめる。かれはすすりなく−−母親に会ってしまったからだ。抱きしめられるのを感じ、また声も聞こえたという。その“影”は微笑み、かれに目と身振りで合図を送っている。しかしこの時点でわたしは死者と生者をつなぐ連環を断ち切った。するとすべてが消えてしまった。


第二の実験
 わたしが席を外しているあいだに、二人の観客が象徴の影響を受けてしまった。かれらは最初、立ち上がるのも大変だったようだが、やがて楽に動けるようになり、象徴に近づいてみた。ふたりはおたがい奇妙な顔をしてにらみ合っていた。ふたりとも「鏡」に映るイメージをひとりきりで見てみたかったからだ。わたしの助手がけんかをとめようと近づいた。するとひとりの腕が動き、助手は数歩分も飛ばされてしまった。暴力がふるわれたという感じはしなかったが、とにかくその力には驚かされたのだ。わたしが介入すると見者たちはおとなしくなった。ひとりはひざまづき、象徴を眺めていた。かれの頭が左右にゆれはじめた。かれは奇妙な笑い声をあげた。円のまわりを小さな妖精たちが手をつないで踊っており、踊りに加わるようかれを誘うのだという。かれは笑いながら立ち上がり、「なんて小さいんだ!」と言った。ほどなくかれは踊り始めた。最初はゆっくりと踊り、やがて狂ったように始終笑いながら舞いはじめた。かれの喜悦は伝染性のものであった。観客もみな笑いはじめた。わたしも、喜びがこれほど人から人へすばやく広がるさまは見たことがなかった。


第三の実験
上述の間、もうひとりの見者は笑っていなかった。ただ真剣に象徴を凝視していた。かれはビクビクっと動いた。人間の形をした恐ろしい怪物の頭部がゆっくりと上昇してきたからだ。かれはおそれおののき、歯をかちかちと震わせ、身を引いた。それでも興味を持ったのか、ふたたび近づいた。かれが感じた恐怖はまったくの空想の産物ではなかった。
 わたしは二人の見者を落ち着かせた。かれらはぼんやりとした記憶しかなく、観客もまた落ち着いたのであった。わたしは目立った事実しか記録していない。かれらの表情からうかがえる魂の様子や、その身動きの精妙さは言葉では表現できないからである。
 すべては白昼堂々、麻薬その他の力を借りずに起きた現象である。施術対象者も病者や熱病患者ではなく、オカルト関連にのめりこんでいたわけでもない。かれらが見たヴィジョンはわたしがまえもって考えていたものではなかった。事実、わたしも助手たちと同様に結果を見て驚いていたのだ。われわれは外的肉体を映し出すために鏡を製作する。なれば魂や霊を映し出す鏡を製作できない道理があろうか? 成年に達した者たちとて、みななんらかの思い出やヴィジョンを有しているのではないか?


第四の実験
魔法の象徴の覆いを外す。すぐに若い娘さんがひとり、反応した。彼女はこれまでわたしの集会に出席したことはなかったのだが、手足をふるわせながら磁気的中心に引き寄せられた。必死で抵抗しようとしていたが、むだだった。彼女はまえかがみになると、振るえ、叫び、笑い、泣いた。疲れたようなので椅子を用意してやった。その椅子は大きな木製の立方体のようなものだったが、これが彼女とともに回転した。この運動は通常の力や敏捷性によって達成できるような代物ではなかった。なんとか連れ戻されたとき、彼女は発作のように笑いだしたが、なにを見たのか口を開こうとはしなかった。「おしえてあげない、あんまりおもしろいから」と言い、それから「なんておもしろいの、なんて」と思い出し笑いががとまらなかった。


第五の実験
さらなる証拠を求めて魔法の象徴を覆い隠す。わたしは数年まえにドルイド僧の古墳から土を採取して、微細な粉末に精製しておいた。この古墳には少なくとも2000年前の人骨が眠っていたはずだった。わたしとしては、この土を保存するにあたってたいして深い考えがあったわけではないし、実験の際もそれほど重要視していなかった。火を消すのに灰を乗せるように、わたしはこの土で象徴を隠していたのだ。実験の数日前、わたしは土を鏡に乗せておいた。この事実はだれも知らなかったし、わたしもまったく口に出したことはなかった。
 さて当日、通常の磁気の実験をおこなったあと、わたしは観客のまえで象徴から例の土を取り除いた。するとまたたく間に結果が出た。少し怖い部分もあった。国立印刷工場で働く30歳の男性が反応した。かれは磁気関連の経験がまったくなく、集会に出るのもこれが初めてだった。かれは黄色の土埃を注意深く眺めていた。ほどなく興奮し、立ち上がり、震え、叫んだ。「血が見える、死体が・・・臓物がちぎれている!」 かれは逃げようとしたが、秘密の力に押さえこまれた。すぐにわれわれがかれを連れ出した。数分間、意識を失っていた。回復したとき、かれはなにも覚えていなかった。


第六の実験
若い女性がひきつけられた。同じく血の光景に戦慄していた。彼女は桶のようなものに入った臓物を見た。死体が目のまえでゆれていた。彼女は気分が悪くなり、われわれは意識を失った彼女を担ぎ出した。回復したのち、やはりなにも覚えていなかった。(注 例のドルイドの古墳には5人分の人骨があった。見者のひとりが5人の死体を見ている。このことはわたし以外は知らないし、また例の土に特別の力や効能があるわけでもないのである)。



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