魔術書に引用される有名な英文学フレーズ 英米の魔術書を読むにあたり、結構問題となるのが引用文であります。英米の読者には常識であっても、外国人にはピンとこないことが多いのですな。 このファイルでは引用されることが多い有名フレーズを紹介し、具体例とともに解説してみたいと思います。 Shakespeare - - - - - - - We are such stuff As dreams are made on ; and our little life Is rounded with a sleep. - - The Tempest IV.1.156-8 - - - - - - - But this rough magic I here abjure ; and, when I have requir'd Some heavenly music, -- which even now I do -- To work mine end upon their senses, that This airy charm is for, I'll break my staff, Bury it certain fadoms in the earth, And deeper than did ever plummet sound I'll drown my book. - - The Tempest V.1.50-6 まず英文学の華シェイクスピアからご存知『テンペスト』です。最初の部分は「われらは夢と同じ物質で出来ている」というもので、同作品中もっとも有名な台詞として引用されること無数。二番目の台詞はプロスペロの魔術放棄の場面ですな。「この荒々しい魔術をここに放棄しよう。天の音楽をもってかれらの正気を戻し、わがことを終えたならば、わが魔法の杖を折り、地中深く埋めよう。わが魔術の書は海底深く沈めよう」というもの。魔法の杖と書物という小道具が明確に描かれているゆえに魔術師の外見描写に関して引用されることが多い。ただし内容は魔術放棄宣言ですから、いわゆる魔術書、啓蒙書には不向きでしょう。 Keats The same that oft-times hath Charmed magic casements, opening on the foam Of perilous seas, in faery lands forlorn. - - Ode to a Nightingale こちらはキーツの『ナイチンゲール頌』。「見捨てられた妖精郷、荒れ狂う海へと開かれる魔法の窓」。単に magic casements とだけ引用されることも多い。魔法の窓というイメージ、そこからの眺望はようするに異世界ということで、無意識の比喩で用いられる。心理学をかじった人間が好んで引用するのですな。たしかダイアン・フォーチュンが二,三回使ってますわ。 なお、アイルランドの有名人(?)の一人にサー・ロジャー・ケースメント(1864−1916)という人物がおりまして。この人、第一次大戦中にドイツでアイルランド系の戦時捕虜を集めて「アイルランド旅団」を組織、そのままアイルランドに侵攻して英国から解放するという豪快な計画を企画。それを実行に移すべく1916年にドイツの潜水艦でアイルランドに秘密上陸したところを官憲に逮捕され、反逆罪で死刑。当時、この行動を荒れた海に通じる魔法の窓すなわちマジック・ケースメントとしてパロディー化する文章がずいぶんと記されています。 Donne Go, and catch a falling star, つかまえてこい、流れ星 Get with child a mandrake root, はらまさせてみろ、マンドラゴラ Tell me, where all past years are, 過去の年月はどこにあるのか Or who cleft the Devil's foot, 悪魔の爪を割ったのは誰なのか Teach me to hear mermaids singing, 人魚の歌の聞き方や Or to keep off envy's stinging, 嫉妬の刺の避け方を教えてみろ And find それができたなら What wind どうやれば Serves to advance an honest mind. 正直者が出世するのか見つけ出せ - - Song ジョン・ダン(1571−1631)の作品中、もっとも有名なものですな。ダンはいわゆる形而上詩人の筆頭であり、英国ではもっとも人気がある詩人のひとりといえましょう。反語表現の際に不可能的ファンタジーを用い、最終節で現実的問題に収斂するという手法は俗に「奇想」 conceit と称されます。最近の例としては、スタンダード Fly me to the Moon があげられますな。 フロレンス・ファーの『エジプト魔術』(1896)が1982年にアクエリアンから復刻されておりまして、それにティモシー・ダーチ・スミスが序文をつけています。そのなかにファーを歌ったエズラ・パウンドの詩の一節が紹介されているのですわ。 One comes to you あなたのもとに来る人は And takes strange gain away : 奇妙な獲物を得て去るであろう Trophies fished up ; some curious suggestion ; 大魚もあがれば、不思議な提案も得られる Fact that leads nowhere ; and a tale or two どこにもつながらぬ事実もあれば Pregnant with mandrakes マンドラゴラに満ちた話がひとつふたつ。 最後の一節の "Pregnant with mandrakes" がダンの二行目に関連してくるのであります。 ちなみにダンの時代、少し気の利いた文人はどこそこオカルトじみた言辞を弄するきらいがありまして、そういった部分がいまごろ脚光を浴びているといえましょう。ダンも例外ではなく、次のような一節を残しております。 I am a little world made cunningly Of elements, and an angelic sprite - - Divine Meditations 「われは元素と天使の霊により精巧に造られし小世界なり」とくれば、もう100%のオカルトものでしょう。しかもこれが一連の瞑想用連祷なのですから、ウォーバーグ派が飛びつくのも当然ですな。 Yeats Once out of nature I shall never take My bodily form from any natural thing, But such a form as Grecian goldsmiths make Of hammerd gold and gold enamelling To keep a drowsy Emperor awake ; Or set upon a golden bough to sing To lords and ladies of Byzantium Of what is past, or passing, or to come. - - Sailing to Byzantium イエイツから一節を、となればやはりこれ、この部分ですな。「ビザンチウム航行」ですわ。「ひとたび自然界を離れたなら、決して自然の事物からなる体をまとうことはすまい。むしろギリシャの金細工師が鍛金とエナメル金より造るものとなりたい。眠気を催す皇帝を眠らせず、黄金の枝にあって歌い続けよう。ビザンチウムの貴族淑女に過去、現在、未来を告げる歌を」 GDで有名なイエイツですが、意外と芸術的公私混同はしないのであります。GDのイメージや教義を詩作のヒントにすることは少なかったようで。 戻る |