3DCG紙芝居 |
魔法中年マグレガー |
VS |
七人の黄金吸血美女 |
第十五話 草花の瞳
「あたしの心は −− こんなに暗い」 アルテミシアが伏目がちに周囲の闇を見回した。
「深い、と言うべきだろう」 易者が訂正した。「ベルゼブブやバアルの影が落ちるほどに深く、そして広い」
アルテミシアは力なく笑った。「なぐさめていただいて −−」
易者が水晶玉を手前に引き寄せ、なにやら呟きつつ手をかざした。
「のぞいてごらん」
言われるままにアルテミシアはのぞきこんだ。
「ほら、マグレガーが大家のおばさんに追いまわされている」 |
「あらまあ」
「ただでさえ家賃を滞納していたところへ謎の爆発事故だ。当然だろう」
易者がもう一度手をかざした。水晶玉の映像が切り替わった。
「こちらは善後策を講じているようだな」 |
ウィリアム博士とアレックがなにやら話し込んでいる。
「この連中に任せておけば、そうそうひどいことにはならないだろう。あなたの緊急入院も彼らが手配した。博士は医療関係に顔が利くし、少年は人の弱みにつけこむのが上手だ」
アルテミシアはしばらく無言のまま水晶玉を見つめていた。そしてなにかを言おうと唇を開いたが、そのまま言葉を発しなかった。
謎の易者も沈黙したままだった。
やがてウィリアムとアレックの映像がぼやけ、消えた。
そのまま十秒近く経過した。アルテミシアは大粒の涙を浮かべていた。
「−− 未練、でしょうね」
易者はなにも言わずに水晶玉を片付けた。そして胸の前で手指を組み合わせ、やや反身になってから切り出した。
「アルテミシア・アイルズ。あなたには“草花の瞳”になってもらいたい」
「なにに、ですって?」 美女は涙をぬぐいながらも怪訝な表情を浮かべた。
「むつかしいことはなにもない。草花を観察して、その姿を心に刻み、あとは眠るだけだ。草花はあなたの瞳と心を通して自身を知る」
アルテミシアは意外な申し出に当惑した。理解できなかったといってよい。
青衣・胸赤十字・顔面黄六芒星が言葉をついだ。
「きっとあなたはすてきな花の絵を描くだろう。その花は、いまは実在しなくとも、いずれどこかで生まれ、花開く」
「絵を描いたことはないのですけれど − 」 そう呟きながらも、アルテミシアがどこか嬉しそうな表情を浮かべた。
美女と易者はそのまま何も語らず、ただ静かな時間が流れていった。
「もうあなたに会うことはないと思う」 青衣の易者は卓上の占い道具を片付けはじめた。
「− − あなたは何物なのですか?」 アルテミシアは再度質問を発した。
筮竹を懐中にしまった易者が、少し考えてから返事をした。
「わたしは粘菌だよ。湿った暗い場所で繁茂する不定形のやつだ」
その言葉の意味を理解するひまもなく、アルテミシアの意識は薄らぎはじめた。
「なんですか、その終わり方は?!」 居並ぶゼミ生から思わず声があがった。
「いや、実際にこんな終わり方だったのだよ。一緒にいた友達にも確認をとったが、だいたい同じ返事だった」 香月教授も苦笑していた。「とにかく、昭和30年代後半にアルテミシア・アイルズを扱った紙芝居が、なぜか福岡県に存在した。それは間違いないのだ。私がこの眼で見た。彼女が実在の人物だと知ったのは、大学に入ってからだったよ。驚いたね」
「でも、きれいな人ですよね」 女子学生が The Eyes of the Flowers に収録されたアイルズの写真を指差した。
「78ページの二行目から読んでごらん」と教授。
" And I found myself surrounded by the faces remotely familiar with. The ceiling, walls, and floor of the hospital room was dark in color, almost dirty. The words of Strange Hexagram as I call him still lingered. I turned my head, and realized what he meant. At the bedside, on the small table was a bunch of shabby, common violets. They were trimmed with ever gleaming lights, clear in nature, rich in color, and full of meaning meaningless to human eyes. And my eyes had become the eyes of the flowers. " (Ayles, Artemisia. The Eyes of the Flowers, Milton, London, 1923., p.78.)
「気がつくとわたしは見慣れない顔に囲まれていた。病室の天井も壁も床も、どれも暗い色調で、薄汚れていた。奇妙な六角形、と私は呼んでいるのだが、かれの言葉が心に残っていた。わたしは横を向いた。すると彼の言葉の意味がわかった。ベッドの横には小さなテーブルがあって、みずぼらしい、どこにでもあるスミレが一束、飾ってあった。その花はかすかな光に包まれ、豊かな色彩で、透き通っていて、そして、人間の目には無意味に映る意味がたくさんあった。そしてわたしの目は草花の瞳になっていた」 女子学生がなんとか訳し終えた。
「ヘクサグラムは六芒星だよ。ちなみに易の卦も英語ではヘクサグラムという。妙な姿が易者になったのはそのあたりが原因かな」 教授がコメントを発した。
「まあ、考えてみれば、『草花の瞳』を読んだ誰かが紙芝居にアレンジした。そういうことでしょう?」と別のゼミ生。
「そういうことだろうね。しかし話を本題に戻すならば、だ」 香月教授はホワイトボード上に一枚のイラストをマグネットで張りつけた。
「アイルズが1917年に発表したこの蘭の場合、花弁から葉脈の左右不整合に至るまで実に細かく描かれている。とりわけ、ガクの一部が変形して蝿の形をとり、蝿を捕食する蜘蛛を誘引して受粉させるというメカニズムを克明に紹介している。発表当時、この作品は突飛な想像力の産物として一笑に付されたものだったが」
教授はさらに一枚の写真を取り出し、イラストの横に並べた。
「1966年、ボルネオにてまさにこの蘭が発見された。ほぼ忘れ去られていたアイルズがふたたび注目されるきっかけになった。もちろん、この蘭の存在をまえもってアイルズが知っていた可能性は否定できないが」
from The Eyes of the Flowers |
(完)
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