3DCG紙芝居 |
魔法中年マグレガー |
VS |
七人の黄金吸血美女 |
第十四話 易占トリック
どれほどの時間が経過したのか。
アルテミシアが意識を取り戻したとき、周囲にはだれもいなかった。
ぼうっとした頭を押さえ、立ちあがった。体のふしぶしが痛むが、それ以上に心が傷ついていた。
「……馬鹿にして!」 涙が頬を伝った。
恋人だと思っていた男に突き飛ばされた。魔物に向かって。
そして今、だれもいない。詩人も、綿毛団の首領たちも、少年探偵も。妙なお面をつけた謎の東洋人もいない。心のなかに住み着いていた魔物さえも去っていた。
「馬鹿にして!!」
* * *
異常なほどの静けさのなか、アルテミシアは階段を降り、屋外へと出た。ブライス街は人っ子一人いなかった。瓦斯灯に照らされた舗道はおそろしいほど無機質だった。大気が停滞している。
「もうし、そこのお女中」 奇妙な声が聞こえてきた。
振りかえったアルテミシアの目に、いよいよ奇妙なものが映った。
軒先になにやらテーブルらしきものがあり、紫色の布が掛けられている。卓上にはぼうっと光る紙製ランタンがあり、中国の文字が描いてある。水晶玉や大きな天眼鏡、何に使うのか細い竹棒が数十本。テーブルの前には小さな椅子が置いてあり、テーブルの向こう側には青い光条の衣をまとった人影があった。顔があるべき部分には六芒星、胸元には赤い十字。
「もうし、お女中、占ってしんぜよう。なにやら悩みがあるようじゃ。当たるも八卦、当たらぬも八卦」 不思議な人影が手招きをした。
アルテミシアははっと気がついた。そして周囲を見回した。完全な闇。ランタンに照らされた部分だけが存在し、他は虚無であった。
「御代はいらんよ、お女中。もう気づかれたじゃろう。ここは世の常のあらざるところじゃ。いざ、お掛けなされ」
アルテミシアはふっと息を吐いた。肩から力が抜け、従容と席についた。
人は死ぬと裁きの場に引き出され、それまでの人生を回想させられるという。
「……せめて天使に裁かれたかったわ」 アルテミシアが小声でつぶやいた。
2002 oujupah |
「されば、よ」 謎の易者は筮竹を手にした。
アルテミシアは不思議な手続きを目のあたりにし、ただ当惑していた。
* 読者よ、暫時許されよ。筆者はこれより自ら銭を六枚放り、得られた卦によってストーリーを進めんと欲す。
「水風井とな。ふむ」
謎の易者は懐中より東方聖典全集ジェイムズ・レッグ編訳『易経』をとりだし、ひもといた。
「濁った井戸には人も鳥獣も寄りつかぬ。さりとて井戸さらいをしたところで誰も飲んではくれない。いかに清き水といえど、それでは小魚を養う程度しかない」。易者は言葉を切ってアルテミシアを凝視した。
傷心の美女はただ聞き入るだけだった。
「装いを改め、釣瓶を設けるならば、冷たい水は人々の益となるであろう。井戸は邑を改めて井を改めずとある。ようするに、アクセスを稼ぎたければコンテンツの充実はもちろんのこと、使いやすさやナビゲーションにも注意せよということじゃな」
「なんのことかわかりませんわ」 アルテミシアから突っ込みが入った。
「なに、こちらの話じゃよ。ところで、と」
謎の易者は筮竹を置くと身を乗り出した。
「現状を説明しよう」といきなりの事務口調。「アルテミシア・アイルズ。あなたの肉体は現在ハマースミス・チャペルサイド王立病院の緊急病棟にて意識不明の状態にある。生命の危険はない。一時間もすれば目が覚める」
あまりの展開にアルテミシアは五秒ほど放心した。
「では、ここは死後の世界ではないの?」
「ここはあなたの」 謎の易者が言葉を捜した、「心にぽっかり空いた穴だ。つい先ほどまで男と妙な憑き物が占有していた。いまは空っぽだ。次第に狭まりつつある」
美女は眼前の不可思議な存在をまじまじと眺めた。「あなたはいったい何物なのですか?」
青衣・胸赤十字・顔面黄六芒星はその問いには答えなかった。
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次週予告 :
異界の住人と化すか薄幸の美女。世界の笑い者となるか福岡県立国際陰謀団ロンドン支部。ついに大家のおばさんのご機嫌を損ねた魔法結社「黄金の綿毛」団の命運や如何に。快刀乱麻を断つ少年探偵アレックの名推理が炸裂するとき、ロイターの伝書鳩が謎の失踪を遂げん。今度こそ最終回、大団円、夢落ちなしの直球勝負かバックネット越えの大暴投か。すべては次週明らかとならん!!