3DCG紙芝居 |
魔法中年マグレガー |
VS |
七人の黄金吸血美女 |
第九話 ロンドン青蝿異聞
人間、あまりに異様な光景を目にすると一瞬動きが停止するものである。窓を破って流出してきた青色蛍光アメーバは秒速1ヤードで南下し、ハマースミスを右折してウォピング・ハイ・ストリートを抜けていく。そのズッチャリベッタリした歩みをまえにすると、人々は道を譲り、ただ呆然と見送るだけであった。
「何だ、あれは」 海千山千の明石大佐ですらわが目を疑つたのである。
「ヌッペフホフだらう」と博識の金子が答えた。
「必死で逃げていたな。マツクグレゴルとウイリアム、それにあの小僧だつた」
「それは誰だつて逃げるさ」
「一体何が起こつたと云ふのだらう」
(いったいなにが起きたというのだ)
憂国の愛蘭詩人ビル・エイツもいぶかしんでいた。綿毛団秘密本部に情婦アルテミシアを送り込み、とある物品を探させていたのだが、突発したアメーバ騒ぎになすすべもなかったのである。
「あれはいったい?」 エイツは左側の闇に向かって呟いた。
「ビフロンズ」 闇のなかに潜むものがくぐもった声で答えた。
エイツの横にはなにもいない。そのくぐもった声もエイツの聴覚にのみ捉えられたのである。それはギリシャ人がゲニウスと呼び、日本人が憑き物と呼ぶ精神機構の外在化であった。
「埒があかん」 エイツはそう言い捨てると暗がりを離れて綿毛団秘密本部へと向かっていった。
***
「例の詩人が動きだしたぞ」 明石が双眼鏡越しに呟き、そのままエイツの行動を観察しようとした。
どれどれと金子も窓際に寄ってきたのだが、思はず身をすくめてしまつた。綿毛団の部屋の、砕け散った窓枠のところに妖しげな光に包まれた人影を見たからだ。金子は姿勢を低くするや明石に指図して双眼鏡の焦点を人影に向けさせた。
「……」 明石は言葉を失った。それは先程入っていった婦人だったが、その脇に蜘蛛とも人ともつかぬ妖怪がまつわりついている。婦人は恐れる風もなく、しかも胸元近くに雀ほどもあろうかという蝿を舞わせておるではないか。
2002 oujupah |
「もつと近くで見たいな」 明石が双眼鏡を卓上に置いて立ち上がった。
「あまり表立つわけにもいかぬだらう。いまは大事な時期だ」 金子が指摘した。
「それはわかつている」
明石は懐中から簡素な仮面を取り出した。「これでいいだらう」
金子も思わず吹き出した。
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次週予告!
一度は気休め、二度はうそ、三度のまことにほだされて。ついに出陣なるか福岡県立国際陰謀団ロンドン支部! オッペケペ節とともに大英帝都に勇躍する怪傑バッテン仮面! 人知れずアメーバに追跡される魔法中年たちの運命は? そして瞑府魔道に狂い咲く薄幸の美女アルテミシア・アイルズ、その悲痛なる半生は? 日本人が八幡のことを考え、ボーア人が万軍の主を思うとき、新たなる恐怖がタワーブリッジを襲う!