アイルランド妖精族の召喚
from The Irish Theosophist Oct.1892.

 ある朝、オカルティストにして錬金術の研究者であるDDとわたしは暖炉の両脇に向かい合って座っていた。もう魔術にも象徴にも辟易していた。DDはお湯を沸かそうと薬缶を置いていた。わたしたちはしょっちゅう顔を合わせ、不可視の力を呼び出したり星幽光を覗きこんでいた。この頃には内なる眼でものを見る術を習得していたからだ。しかしこの朝、わたしたちはなにを呼び出していいのかわからなかった。世人が天国と称する非個人的善のヴィジョンも、地獄と称する非個人的悪のヴィジョンもすでに見てしまった。知恵の樹も生命の樹も見た。十二宮の隠された意味も学習済みだったし、聖書に記された出来事がいかなる星群の影響下にあったのかも知っていた。死せる隠秘学者たちの分類では、天界から地下の水まであらゆる物事がすべて象徴、象徴以外のなにものでもないのある。わたしたちは古代エジプトに赴いて死者の埋葬を見ていた。イシスとオシリスの不可思議な会話も聞いた。不可視の力に命じてベンボー枢機卿の神秘銘盤を解釈してもらい、未来と過去に関する言葉に畏れと希望を持って聞き入った。クリポトを呼び出し、それが巨大な黒羊の如き突進を見せるさまを戦慄しつつ眺めもした。そういうわけでわたしたちは閃く色彩にも押し寄せる形状にも少しばかり飽きていたのである。「すごいものを見てきて、おかげで疲れた」とわたしは言った。「気分転換に小粒なやつを呼び出そう。アイルランドの妖精は一見の価値があると思う。お湯が沸くまでのあいだに来てもらって、お引取りいただけるだろう」

 わたしは月の召喚を用い、見るほうはもっぱらDDにまかせた。彼女が最初に目にしたものは薄い雲であった。まるで肉眼で見たかのようだったという。それから内なる眼が禿げ山をとらえた。山頂に一本だけごつごつした樹が生えていた。葉も枝も一方向にのみついていた。潮風にさらされ続けた感じだった。枝の間から月が輝いており、枝の下には白い衣の女性が立っていた。わたしたちはこの女性にアイルランドの妖精を整列状態にして見せてくれと命じた。するとたちまち海草のような緑色の髪をした小さな者たちが大勢出現した。その後ろから大きな泡を乗せた荷車を引く大勢がやってきた。白い女性はかれらの女王らしく、最初のは水の妖精たち、次のは空気の妖精たちだと語った。最初の妖精たちは Gelki と呼ばれ、次の者たちは Gieri という(わたしはメモを紛失してしまい、これが正しい名前かどうか自信がない)。かれらが通り過ぎると、今度は生きた炎のような一団がやってきた。そのあとには奇妙な連中が続いた。胴体は花の茎のようで、衣服は花弁のようだった。後続の妖精たちはしばらくのあいだ緑の藪の下にたたずんでいた。藪からは蜜が滴りおちていて、妖精たちは長い舌を突き出していた。あまりに長いのでうつむくことなく地面を覆う蜜をなめることができた。かれらは火の妖精たち、それに地の妖精たちであった。

 白い女性の話では、かれらは善良な妖精たちとのこと。今度はDDに邪悪な妖精を見せてやるという。ほどなく巨大な深淵が広がり、その真っ只中に太った大蛇がいた。その姿は半分が動物、半分が人間で、重く分厚い鱗を磨いていた。この大蛇の名前は Grew-grew といい、邪悪なゴブリンたちの長であるという。それの周囲には短足の豚に似たものが大量に群がっており、上空には膨大な数のケルブとコウモリが飛んでいた。しかしコウモリたちは頭を下にして飛んでおり、ケルブたちも額を翼の生えた顎よりも下にして飛んでいた。当時わたしが学んでいた神秘体系では、この種の逆転は悪霊の印とされており、逆向き五芒星とほぼ同様の意味を持つとされていた。この体系はDDの知らぬものであったから、恐らくわたしの心が一時的にDDの心に影響を与えていたものと思われる。召喚者の心は霊視者の心よりも常に積極的なのである。彼女が召喚側にまわっていたら状況は逆転していたであろう。

 ほどなくコウモリとケルブ、それに直前までグルーグルーの鱗を磨いていた豚のようなものが空中高く舞い上がった。すると別方角から善の妖精の軍団が出現した。そしてふたつの王国はそれは恐ろしい戦を繰り広げた。悪の妖精たちは燃える投げ矢を放つが善の妖精にはあまり近づけないようだった。競り合いは全天に広がり、見渡すかぎり戦うゴブリンたちの雲が続いていた。それは善と悪の小軍団の競り合いであり、和平を知ることなくあらゆる時あらゆる場所にて繰り広げられるものだった。妖精たちは世界精神のより小さな霊的気分である。世界精神のなかにあっては、あらゆる気分は一個の魂であり、あらゆる思考は一個の体となるのである。

 かれらの世界はわたしたちのものとはまったく異なる。かれらはわれわれの限られた意識のなかから姿を借りて出現するしかないが、それでもかれらがとる姿、かれらがなすあらゆる活動にはそれなりの意味がある。そして感覚的姿形と超感覚的意味の照応関係を学び、かつ訓練を積んだ精神であれば、その意味を読み取ることが出来るのである。


D.E.D.I.
解説 : 神智学協会ダブリン・ロッジが出していた会報『ジ・アイリッシュ・セオソフィスト』誌1892年10月号に掲載された一文である。筆者はD.E.D.I.すなわちW.B.イエイツであり、黄金の夜明け団で学んだ召喚と霊視をいかに熱心に行っていたかが窺い知れる一文といえる。イエイツの霊視実験につきあっているDDなる女性オカルティストの身元に関しては魔法名 Deo Date すなわちハリエッタ・ドロセア・バトラー(後のハンター夫人)が第一候補となるが、彼女のGD参入は1893年3月であり、この一文の発表よりも後である。おそらく、GD参入以前から彼女はDDなる魔法名を採用していたのではあるまいか。文中にある「この体系はDDの知らぬもの」という表記、およびバトラー嬢が当時イエイツ宅のすぐ近くに住んでいたこと、後に彼女が黄金の夜明け団において霊視教示担当になるほどこの方面に長けていたことを考えあわせると、彼女以外の候補はちょっと思いつかない。フロレンス・ファーの魔法名SSDDの後半のみを愛称化している可能性もあるが、そうなると「この体系は彼女の知らぬもの」とする部分が矛盾するのである。


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