援助の十四聖 
Fourteen Holy Helpers


 「援助の十四聖」とは十四世紀以降にアルプス以北にて信仰を集めた聖人ユニットである。病者の守護を主としていて、祭壇画の土台部分(プレデラ)に並列描写されることが多い。この聖なる集団は十六世紀になると改革勢力の批判を浴び、トリエント公会議(1554−63)では排除勧告が出されている。

 十五世紀当時、十四聖の御姿を刻んだメダイやカードが十四枚一セットで庶民の間に流布しており、これがタロットの成立に関係した可能性は否定できない。


聖人名 守護対象 持ち物および作画上の約束
聖アカシウス Acacius 健康全般  −
聖バルバラ Barbara 爆発事故、火傷 三つの窓を持つ塔
聖ブレイズ Blaise 喉の疾病 毛すき用の鉄櫛、蝋燭
聖カタリナ Catherine 瀕死者 車輪、あるいは砕けた車輪
聖クリストファー Christopher  交通安全 幼子イエスを背負い、杖を持つ
聖キリカス Cyricus 子供 猪に乗る裸体の子供
聖ドニ Denys 不死身 焼き網、釜茹で、斬首されても自分の首を持ち歩く
聖エラスムス Erasmus 腹痛 小腸巻き上げ機
聖ユースタス Eustace 狩人 十字架付きの鹿の角
聖ジョージ George 騎士道 竜、竜退治をする甲冑騎士
聖ジャイルス Giles 歩行困難系疾病  鹿をかばって腕に矢を受ける
聖マーガレット Margaret 安産 竜に飲み込まれるも腹を裂いて登場
聖パンタレオン Pantaleon 医療全般  −
聖ヴィトゥス Vitus 癲癇、神経病  −


 

以上の十四名がスタンダードとされているが、下表の六聖人と適宜交換されることも多い。



聖人名 守護対象 持ち物および作画上の約束
聖アントニー Antony 疫病患者 豚、ハンドベル、T型杖
聖レオナルド Leonard 妊婦、捕虜 ロバに乗る隠者
聖マウルス Maurus 子供 水上歩行
聖ニコラス Nicolas 子供 司教冠と杖、三つの玉
聖セバスチャン Sebastian 軍人、疫病患者 全身に矢が刺さった裸体の若者
聖ロクス Roch 疫病患者 犬、片方の靴下をおろして病痕を見せる



 見てのとおり、「援助の十四聖」は病者、疫病患者、瀕死者の守護聖人が多く、ペストや麦角中毒で大量の死者を出した中世後期の社会情勢を反映しているといえよう。当時のアルプス以北の富裕階級は、十四聖をモチーフとした祭壇画を一流画家に注文し、画面中に自分と家族の肖像を描き入れてもらって教会や病院付属礼拝堂に寄進していた。

 下はハンス・メムリンク(1440?−94)のモレール・トリプティック。左翼画中、甲冑を着て旗を手にしているのが聖ジョージ。中央画左から聖マウルス、聖クリストファー、聖ジャイルズ。右翼画中、手のひらに塔を載せているのが聖バルバラ。両翼にてひざまづいて祈っているのが寄進者夫妻である。






 聖マウルスは溺れる子供を救うために思わず水上歩行したという聖人であり、中央の聖クリストファーはいわずとしれた交通安全の守護聖人にして足腰がきわめて達者な人物である。聖ジャイルズは歩行困難系疾病の守護聖人である。さらに寄進者の夫の背後に聖ジョージがいるという点から見て、このトリプティックは足を悪くした軍人が本復を祈願してメムリンクに注文し、奉納したものと思われる。妻の背後の聖バルバラは、戦場における夫の無事を願う気持ちの表れといえようか。

 このように聖人を組み合わせることによって寄進者の願望を表現するのが当時の慣例であった。

 無論、上のような寄進が出来るのは一部の特権階級であり、貧困階級は十四聖を刻んだ安価な木版画やメダイを聖物行商人から購入していた。そういった安価な工芸品、および聖人組み合わせによる意図表現という習慣がタロット成立の背景にあると思われる。



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