タロットと地獄


吊られた男、ついでに悪魔と死


タロットの各札中、もっとも首尾一貫した謎を提供するアルカナ、それが「吊られた男」である。この札はヴィスコンティ・スフォルザ以来、その姿をほとんど変えていない。せいぜい手に金貨袋を持つか否か程度なのだ。

 さらに研究家を悩ませる要素として、「吊られた男」にはこれといった決め手となるキリスト教的照応シンボルが存在しない点があげられる。これまで候補にあげられたものとしては、”行方不明の枢要徳”といわれる「思慮」 Prudence(しかも印刷ミスでさかさまにされたという無理な解釈つき)、あるいは首を吊ったイスカリオテのユダあたりがある。聖ペテロの逆さ磔、イエスの鞭打ち、無数の矢が刺さる聖セバスチャン等も候補とされた。

 しかし小生としては、タロットに充溢するマリアン・シンボルという観点から「吊られた男」を考察し、一応の候補を見つけ出した。それが「最後の審判」のライトスタンド側、地獄の亡者の描写である。


Fra Angelico's Last Judgement (c.1430)

上はフラ・アンジェリコの「最後の審判」である。左(中央正面のイエスから見れば右)には善人、聖人が天使に祝福されつつ天国へと入っていく。右には悪人や不信心者が勢ぞろいし、地獄へ落とされ、悪魔に虐待されている。この状況においてすらマリアン・シンボルが充溢している点に注目していただきたい。まずは天国ルートを検証しよう。



detail (1) detail (2)



左の部分(1)には中央に泉、手前にナツメヤシ、さらに周囲に薔薇垣と、マリアン・シンボルが多数見られる。部分(2)は天国を城砦都市 Walled City として描く点できわめて象徴的である。

 そして右側の地獄方面に今回われわれが目指すべき図像があるのである。


detail (3) detail (4)



ようするに地獄の悪鬼にさいなまれる罪人の描写である。横にいる大鎌の男は「死神」と思われる。これがアンジェリコのみの描写であれば偶然の産物として片づけてもよいであろうが、同様の逆さ吊りがジョットの地獄描写にも登場する。



Giotte's Last Judgment, detail



 やはり逆さ吊りは刑罰としてとらえるのが一番自然であろう。ジョットのそれは姦淫に対する罰である(どこを縛られ吊るされているかを見よ)。アンジェリコの吊るされた男は犯歴不詳だが、グランゴヌールの吊られた男は明らかに「貪欲」に対する応報である。「死んでも金貨袋を放しませんでした」という描写に他ならない。

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 タロットに見られる各種の絵柄は一見すると統一性のないバラバラな代物のように思われるが、これをジグソーパズルのピース群の如きものと考えれば、それなりに納得のいくセレクションではある。

 左様、ジグソーパズルは手本絵があり、それにそってピースを組み合わせていく。もし手本絵を紛失し、ただばらばらのピースだけが残ったら、オリジナルの姿に復元するなどまず不可能だろう。すなわちタロットにはオリジナル・スキームが存在するのだが、それが失伝したために話が混乱している−−筆者は2004年10月の時点でそう考えている。そしてこのオリジナル・スキームとはカードの並び順ではなく、カードの並べ方、いわゆるスプレッドではないか、とも考えている。プロト・タロットのほとんどに番号が入っていないのは、オリジナル・スキームがナンバリング・オーダーではないことを示しているのではないか。

 では、そのオリジナル・スプレッドとは? それは稿を改めて考察したい。腹案はすでにある。


2004年10月18日




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