釣魚魔術入門
How To Fish Through Magic
( and rule the world!)
長尾豊
そもそも人類はその黎明期より魚を主要な蛋白源として生存してきたのである。ゆえに魚を捕獲するために叡智を結集して現在に至ったのであって、その叡智のなかに呪術/魔術の類が含まれていることは自明の理である。
1 釣魚の文化人類学的位置付け
人格向上や啓発、真理の探求を目的とする魔術は近代の所産であり、「意識のなかに意のままに変化を起こす術云々」といった定義は今回の題目にはそぐわない。
それ以前に、まず釣魚とはなにかを考察する必要がある。
アウストラロピテクスの時代、人類の生存手段は植物の採集と小動物の捕食を基本としていた。海岸線における貝類の採集、河川湖沼における魚類の捕食も基本であった。その後石器の発明および巻き狩り形式の採用によって大型哺乳類を食用とすることが可能となった。
さらに弓矢の発明による遠隔殺傷、罠による時間差殺傷と多数の技術を学習し、狩猟文化が完成された。
一方、農耕の起源は、可食植物を採集していた婦女子がその種子を一箇所にまとめて発芽させることで能率化を図ったことであろう。やがて男は狩猟、女は農耕という形式が定着したといえる。
農耕の分岐点は単なる種まきから焼畑に移行した時期であろう。すなわち焼畑は森林破壊であり、森林を基盤とする狩猟文化と真っ向から対立したはずである。この対立に決着をつけたものは、おそらくは生産性の大小であり、農耕の生産効率が勝利を収めたといってよい。
その後、焼畑によって大方の森林が破壊されると、人類は大河流域の洪水氾濫による再肥沃現象に目をつけて大規模農耕に移行する。その後は文明の時代である。
釣魚(および単独狩猟)はこの進化過程のなかで、明らかにゲーム化したといえる。すなわち魚類捕獲には網を用いた漁労が最適であり、糸と針を用いる釣りは効率が悪い。農耕文化が成立し、基本的食料が確保されたうえでの遊戯であったといえる。
すなわち釣魚(および単独狩猟)とは、農耕文化に寄生する狩猟傾向保持者(つまり男)の狩猟本能の発露である。
とまあ、かたい話はここまでにして、ようするに釣りは基本的に男の遊戯であるということである。
次に呪術/魔術である。
2 釣魚魔術のコンセプト
呪術/魔術は狩猟系と農耕系に大別され、狩猟系は自力(パワー)、農耕系は他力(フォース)を用いる。
早い話、狩猟には運が介在する余地がないといえる。獲物がとれないイコール本人がへたなのだ。
しかるに農耕の場合、人事を尽くして天命を待つとしかいいようがないのであって、いかに勤勉に農作業を行おうとも悪天候に遭えばそれっきりである。
狩猟の魔術は狩猟に必要な能力を最大限に発揮することを目的とする。すなわち集中力であり、洞察力であり、観察力である。さらには投擲力、殺傷力の増大である。
農耕の魔術は天候をコントロールすることが基本である。そのために天候を擬人化し、続いて神格化、これをなだめて豊年満作を祈願するという設定が基本となる。でもって、コントロールできるかといえば、これがきわめてあやしい。むしろコントロールできなかった場合の言い訳を考案するほうが主であった。あからさまにいえば、種まきから刈り入れまでの半年間、不安を払拭するためのファンタジー造りであり、後のいわゆる「宗教」につながるものといえる。
漁労系の魔術は両者の中間に位置するといえる。とりわけ海洋系漁労は農耕と同様、天候に左右される度合いが高い。
その点、内水面系漁労は狩猟に近いのであって、特に湖沼を舞台とする場合、運は介在しない。むちゃをいえば、湖沼の場合は水抜きという土木作業によって魚を一尾残らず捕獲することも可能なのであるが、フィールド自体を破壊するのは愚行である。
さて、釣魚魔術の場合、釣魚パターンによって魔術パターンが決まる。海洋を舞台とした待ちの釣りであれば農耕型、内水面を舞台とする攻めの釣りであれば狩猟型が優勢となる。無論、クロスオーヴァーも可能である。
3 釣魚魔術の実際
ここでは概要を述べるにとどめる。本気で記述すればきりがないからである。
* 対象魚のホロスコープ作成
* 風水的判断
* 釣り道具の聖別
* キャスト時の集中法
* イメージトレーニング
以上の項目を集中的にトレーニングする。
4 釣魚魔術師のメリット、デメリット
神なき狩猟の世界を垣間見ることで農耕系ファンタジーの虚実を見抜ける。農耕系ファンタジーを奉じる連中からは異端視され、悪魔呼ばわりされる。
解説
そもそも『魔術は英語の家庭教師』のあとがきで、これから釣りに行くと宣言していた長尾氏である。このような奇怪な主張が登場してくるのは必然であって、読者は驚いてはいけない。
オカルト系の読者はご存知ないであろうが、長尾氏はこのところずっと釣りの世界で活躍していたのである。釣り雑誌に記事を連載していたこともあるし、グラビアで釣り上げた魚を手ににっこりという写真が紹介されたこともある。
氏は編集子にこの短文を手渡したのち、釣り竿を担いで夜の闇に消えていった。ちなみに氏は『魔法でバスを釣る方法』なる著作を準備中であるという。
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