『コンペンディウム・マレフィカルム』第1書18章


魔霊の出現あるいはスペクターに関して

論拠

魔霊にも種類があり、かれらのあいだでは確固たる位階が存在することも覚えておく必要がある。第一位の魔霊は「炎霊」である。かれらは大気の上層部に棲み、最後の審判の日まで下層に降りてくることはない。したがってかれらは地上にて人間と交流することもないのである。

第二位は「空気霊」である。かれらはわれわれの周囲の空気のなかに棲んでいるからである。かれらは地獄へ降ることもできるし、より濃密な空気から作られる身体をまとうことで人間のまえに姿を現すこともできる。またかれらは神の許可のもと、大気をかき乱したり、嵐を呼ぶこともままある。かれらはみな人類を破滅させるべく共謀するのである。

第三位は「地霊」である。かれらが罪ゆえに天上から放逐されたのは間違いないところである。これら悪魔の一部は林や森に棲み、狩人たちを罠にかける。一部は平野に棲み、夜間旅行者を迷わせる。他のものは奥まった場所や洞窟に棲む。秘密裏に人間と暮らすことを好むものもいる。

第四位は「水霊」である。かれらは河川や湖沼の水中に棲むからである。かれらは怒り、憤りをかかえ、不安定で欺瞞に満ちている。海では嵐を起こし、船を沈め、生命を奪う。この魔霊は女性の姿で現れることが多い。湿ったところに棲み、より柔弱な生活を送るからである。しかしより乾燥し、かつ堅固な場所に棲むものは男性の姿をとることが多い。

第五位は「地下霊」である。かれらは山岳地帯の洞窟に棲むからである。この魔霊は最悪の性格であり、おもに鉱夫や宝探したちをいじめる。いつでもよろこんで人間に危害を加えようとする。かれらは地震と風と火事を起こし、家屋の基礎を揺らす。

第六位は「避光霊」と呼ばれる。かれらは光を嫌悪し、日中は決して現れず、また夜以外には身体をまとうこともないからである。この種の魔霊はまったく不可解であり、人知のおよばぬ性質を有する。内側はまったくの闇であり、氷の情熱を持つ。悪意があり、落ち着きがなく、機嫌が悪い。夜間に人間に出会うと、激しく攻撃してくる。神の許しがあれば息を吹きかけたり触ったりすることで人命を奪うこともある。トビアスの物語に登場するアスモデウスはこの種の魔霊であろう。かれらは魔女とは無関係である。呪文によってかれらを遠ざけておくこともできない。かれらは光を嫌い、また人間の声やあらゆる雑音を嫌うからである。

また魔霊がさまざまなかたちで出現することに注意せよ。犬、猫、山羊、牛、男、女、ミミズク等に化けるのだが、その擬態はすぐにわれわれの知るところとなる。なぜならば、全能の主によってかれらは鳩や子羊や羊に化けることを禁じられているからだ。真の子羊はよき羊飼いキリストであり、聖霊は鳩の形にて現れることが多いからである。またこれらの動物には欺瞞がなく、ゆえに無害であるから、神は魔霊にこれらのものに化けることをお許しにならない。しかし人間の形はあらゆる点でもっとも完璧にして美であるから、魔霊はわれらのまえに人の姿にて現れるのが普通である。マルルーリも書いているように、人間型はほぼあらゆる目的にかなうのである。


実例

ナンシー出身の運送業者が街外れの沼地の雑木林で木を切っていて、すさまじい嵐に襲われた。雨宿りしようと小屋のほうに急いだが、途中にあるこんもり茂った木の下で雨脚が収まるのを待つことにした。すると近くに木こりが立っていたので驚いた。相手の顔をよく確かめようとしたとき、男は不思議なものを見た。木こりの鼻が突然、棒の長さにまで突出し、すぐに通常の大きさに戻るのである。また木こりの足には蹄があった。また全身が不釣合いな大きさなのだ。運送業者はこれを見て恐怖のあまり死にそうになった。それから難事に遭遇したキリスト教徒らしく、十字を切ってみた。はっと気づくとだれもいなかった。かれはそのまま呆然としていた。かれは日頃、ナンシーまでなら目をつぶっても帰れると豪語していたのだが、このときばかりはいかに気合を入れても足が動かなかった。なんとか街にたどりついたとき、舌はもつれ、目はすわっており、全身の震えは収まっていなかった。そのためかれの説明は簡単に聞き入れられたのであった。少し離れた場所から眺めていた別の木こりの証言も手伝った。運送業者がいた場所はなにやら大気が濃密で、厚い雲に覆われていたかのようだったという。






the Fiery




the Aerial






Terrestrial




the Water




Subterranean





Lucifugous







解説

 いわゆるエレメンタル分類であり、とりわけ目新しい部分はないのだが、唯一「ルキフグ」が面白いトピックといえるだろう。とりあえず「避光霊」なる訳語を当てているが、これが適当であるとは訳者からして思ってはいない。いわゆる悪魔から妖精、精霊、妖怪の類までを elemental demon の名のもとに分類し、それぞれに性質や活動範囲を設定するとなれば、これは魔女学者、悪魔学者の領分を越える思索ともいえるであろう。

 実例部分には他にも不思議な話が紹介されているが、冒頭のピノキオ的魔霊が秀逸である。



戻る