魔術ビギナーのためのO∴H∴特別講座

初級タロット編

 「タロットの起源は謎に包まれている」、などとそれ風の言辞を弄して神秘めかすのは業界の悪しき習慣と申せましょう。そもそも本気で起源研究をやったオカルティストがいたのかどうか、きわめてあやしいのです。O∴H∴では具体例を伴う起源研究を行っておりまして、くわしくはタロット研究の項をごらんください。この場では初心者向けとして、これを知っておけばOKというあたりを紹介したいと思います。まずは定義。

 定義:タロット・カードとは十五世紀に登場した印刷物である。

 この印刷物というところが大事なのです。そしてこの観点から考察した場合、タロットの起源など簡単に判明してしまうのです。『印刷とエッチングの歴史』においてアーサー・ハインドが語っておりますわ。木版が主流だった十五世紀、金属製版が登場する契機をハインドはこう解説しとります。


宗教関係の木版画や聖人画が僧院で製作され、巡礼者向けに各地の聖祠で販売されていて、大変に人気があった。金細工師たちはここに一儲けできるチャンスがあると考えたにちがいない。この利権はそれまで修道士および写本師から転業した版木職人が押さえていた分野だったのだ。大量生産技術を指向するもうひとつの動機は、ヨーロッパへのプレイング・カードの導入であった。これもまた版木職人たちが既得権を得ていた分野にちがいない
Arthur M. Hind, A History of Engraving and Etching (London: Houghton Mifflin, 1923), p.19.


 ようするにタロット・カードとは、プレイング・カードに安っぽい寓意札の類が付属したものなのですな。両者とも木版にて、おそらく同じ場所で刷られていたと思われるわけで、その用途は遊戯−−あからさまにいえば賭博でしょう。そして寓意札のデザインは聖祠販売用の聖人画を流用したものと思われる。愚者は聖ロクス、奇術師は聖エリギウス、女教皇は聖アンナ、女帝は戴冠聖母マリア、皇帝は聖ゲオルギウス、教皇は聖グレゴリウス、隠者は聖アントニウス、世界はマグダラのマリアといった具合でしょう。そこに枢要徳その他が加わり、現在の形になった、と。

 ちなみに金属製版で作製された最古のタロットとしては、俗に「マンテーニャのタロッキ」と称されるものがあります。研究者によって「マンテーニャでもなければタロッキでもない」と宣言される一連の寓意画ですが、デザインを仔細に検討してみると、グレコ・ローマンのイメージが頻出しています。後発の金細工ギルドとしては、従来の聖人画は木版ギルドの既得権とせざるをえなかったのでしょう。


その後の展開

 かくして出自にこそ若干の宗教色があるものの、実質は賭博用カードにすぎないタロットに神秘のヴェールを与えたのが18世紀のド・ジェブランによるエジプト起源説であります。タロットこそは形を変えた「トートの書」である−−夢とロマンのファンタジーは世人に訴えること大であり、この流れは現在でもどこかしら関係者のあいだに「だったらいいな」センチメントとして残存しております。

 続いて近代魔術の祖エリファス・レヴィが唱えたカバラ起源説−−大アルカナ22枚がヘブル文字22字に照応するという発想は、その真偽はともかくいまでも現役のフォーマットと申せましょう。「黄金の夜明け」団ではフルデッキ78枚を「生命の樹」全体に配属し、さらには天球配属まで行うという念の入れようでした。近代魔術はタロットというヴィジュアルを得たことで一気に参加者を増やしたといっても過言ではないでしょう。

 20世紀になるとタロットは「境地」と化しました。オカルティストがそれまでの修行や研究の成果を表現するカンバスとなったわけでして、その代表作がクロウリーの「トート」です。あれを理解するにはクロウリーの著作と人生に精通する必要があるわけで、なかなかに手ごわい代物です。あるいはタロットを土台にユングを語る、フェミニズムを論じる、エコロジーを推進するといった仮託ものも多数登場しています。イラストレーターが純粋に絵画的興味からタロット制作を行う場合もあります。20世紀はまさにタロットが百花繚乱した100年間であったといえるでしょう。


ビギナーはどのタロットを使えばよいか

 魔術ビギナーとしてはとりあえずマルセイユとライダー、この二種類を入手すべきでしょう。前者は基本ですし、後者もスタンダードとして流布することはや90有余年。この二種類はタロティズムの常識として押さえておくこと。多くの人はこれらに加えて「お気に入り」を持っています。「トート」、「ウィルト」、「BOTA」、「GD」といった魔術系、あるいは「アクエリアン」、「アルフレッド・ダグラス」、「ウキヨエ」といったイラスト系、「ヴィスコンティ・スフォルザ」、「ソーラー・ブスカ」等の復刻系が好まれます。タロットのコレクションにはまれば残りの人生と財産を惜しみなく費やせるでしょう。


とりあえずタロットでなにをすればよいか

 カードと慣れ親しむには適当なテーマで適当に占うのが一番でしょう。「ゴジラ対ガメラは実現するか?」といった深刻な質問を発し、最終カードとして得られた太陽の逆位置を「対決ではなくタッグマッチで興行して失敗する」と読むなどして、理解を深めるべきです。


どのスプレッドがよいか

 魔術師は黙ってケルト十字。これ常識。


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