グレアム・ロバートソン・コレクション ---------------------- ウィリアム・ブレイク(1757−1827) ---------------------- 人の霊的状態 1906年4月 バッツ・コレクションよりグレアム・ロバートソンが購入 カンバスにテンペラ 60インチx48インチ |
人間の霊的状態(約2メガバイト) 1880x2440 ファイル(別窓にて開く) |
この作品はブレイクの最大級にしてもっとも包括的な一枚でありながら、これまで展示されたことが一度もなく、雑誌等に再録されたこともない。 人目に触れぬまま埋もれていたといってもよい。 今回、ワニスとガラスから積年のロンドンの煤が取り除かれ、その美しい意匠が明らかになった。 ブレイク独特の発想がすばらしい線描と色彩で十二分に表現され、すべてが融合して一個の芸術作品となっている。 中央の狭い四辺形を中心とするしっかりとした構図があり、それが底部に立つ大規模の三者の上に載っている。 両側からの集中斜線により観察者の注意は中央に集まる一方、斜線そのものは上部の一点に集中する。 脇に配置された場面群は当然ながら従の立場にあるが、絵画全体の有機的構造の枠内にとどまっている。 絵のテーマそのものは、いかなる解釈が施されようとも、各部すべての調和を鑑みれば十二分に明確であろう。 中央上部には鳩に象徴される「聖霊」が栄光の四分の三光輪に包まれており、それが「人の魂」を謙遜と平安に満たす。 「魂」はふたりの天使によって天に向かって支えられていて、左脇には「詩歌」(ブレイクの主人公である“Los”)をあらわす男性が自作の詩を歌っており、右脇には植物でできたセプターを持ちつつ右胸を触る「霊感」(“Enitharmon”、慈悲)がいる。 人の魂はいかにしてこの霊的状態となり、神との合一を見出す幸福な段階に至ったのか? その神秘の物語は逆時計周りに配置された聖書の場面にて語られているが、信仰、希望、慈善というキリスト教的美徳に立脚したものとなっている。 「信仰」は緑の衣をまとい、赤い革で装丁された分厚い書物を手にしている。 後光と腰帯も赤である。両足とも裸足だが、主に見えているのは右足である。 元気な裸体の少年が頭上を飛んでいる。 「希望」はサフラン色の衣をまとい、かろやかな足取りで両手を広げている。 大きな碇とロープを持ち、全身が黄色い光で輝いている。両足とも見えているが、つま先立ちでほとんど地についていない。 中央の人物すなわち「慈善」は冠をかぶりセプターを持ち、ところどころ薄緑に染まる薄い白の衣をまとっている。 右足は隠されており、左足はしっかり大地に接している。 右腕にはいかにも軽そうな「愛の法」(かなにか)を持っていて、さらに金と赤の栄光が彼女の頭のあたりから周囲と下方へ放射している。 無数の大小の男女像が「慈善」の頭上にある。 着衣の者もいればそうでない者もいる。 中央の後光に輝く像は半身を衣に包む優雅な女性の姿をしている。 4人の子供が彼女にまとわりつき、あるいはささやく。 自由で幸福な愛の精神を吹き込みつつ、「奔放」と「禁欲」(あるいは抑制)にはさまれた中央の道を天に向かって昇っていく。 彼女の右腕の下には軽装の男性像がおり、指を広げた手で彼女を指ししめしつつ、左腕を下にいる愛らしい顔にさし伸ばしている。 かれの左側には優雅に宙を舞う娘たちが歌詞を手にデュエットを歌っている。 右手には鳩をお供に連れた女性像が優美な曲線を描きつつ三人の子供たちを天上へと導いている。 鳩はくちばしと翼を開いて女性の指のあたりを飛びながら歌う。 (慈善の頭のあたりにいた囚われの象徴としての鳥は塗りつぶされたようである)。 この中央グループの飛翔する人か霊かの全体像は、細部に至るまでよく構想されたのちに描かれている。 深い青空の雰囲気に包まれているが、輪郭線はひとつもぶれていない。 神の愛のなかにて平安と統一に至る。 それを目標として人の魂が歩むべき神秘なる道が、喜びと悲しみの連続場面として左から下に向かって描かれている。 すなわち覚醒、追放、啓発、魂の暗い夜、続いて右下から上昇する形でキリストを通じて神とつながる生命へと至る。 両サイドの下の地面にはロンドンとおぼしき都市が描かれている。 左手にセントポール大聖堂とテムズ川があり、右手には牧草地の風景が広がっている。 曲がりくねる小川と丘陵があり、羊を連れた笛吹が森のなかにいる。 ここにはブレイク好みの主題がいくつも織り込まれている。 聖書の物語は楽園追放から始まる。 擬人化された「追放」がエデンにいるアダムとイヴの上で両腕を広げている。 それから箱舟、契約の虹、ノアの犠牲、ソロモンの叡智、捕囚、十字架と続く。右側に移ると、まずは底部になる風景、それから復活、ペンテコステ、とあるキリスト教殉教者の戴冠(その右側に「愛の法」、左側に重い「律法」が立つ)、七つの頭を持つ悪魔の地獄落ち、4人のラッパ手、天使たちを連れた復活のキリストのまえに参集すべくよみがける男とその家族。 両腕を広げる「救済」の姿が左側上部の「追放」と対をなし、「人の魂」のサイクルが完成する。 全体、これは傑作であり、テーマといい出来栄えといい、ブレイクの天才の業にふさわしい作品といえる。 (from Kerrison Preston Notes on Blake's Large Painting in Tempera The Spiritual Condition of Man (privately printed, 1949). |
特記: 「人間の霊の状態」は、いわばブレイクの秘画であり、さらにいえばグレアム・ロバートソンが秘蔵していた一種のマンダラであったと推測される。記録によれば、1906年にロバートソンがバッツ家から譲り受け、修復に4年を費やし、その後はロンドンのGR宅の薄暗がりにて保管され、動かされることはほとんどなく、まして貸し出されたことは一度もなかったという。ロバートソンの没後、1949年にボーンマスで一度だけ展示され、さらに1951年に一回展示、その後はケンブリッジのフィッツウィリアム美術館に寄贈されて現在に至る。 ブレイクの専門家にはいろいろと言い分があるだろうが、西洋魔術の関係者にとってこの絵にカバラの生命の樹との関連を見出すなというほうが無理な相談であろう。おそらくそれはグレアム・ロバートソンにとっても、あるいは友人のアルジャーノン・ブラックウッドとっても同様であったと思われる。ロバートソンがカバラ関係の読書を行っていたことは、次に引用するかれの詩からも明らかである。 The Shadow of the Lesser Countenance, Microprosopus of the Kabbalah, Looks from the Kerchief of Veronica With a world's sorrow in its mournful glance, So gazed those eyes in weary vigilance, Under the bloody thorn's insignia, When fell the night at noon on Golgotha, Hushing the mockers and their dissonance. --(from Letters from Graham Robertson, edited by Kerrison Preston) またなぜケリソン・プレストンは数あるWGRブレイク・コレクションのなかから、この絵のためだけに16ページからなる私家版パンフレットを作製したのか。いろいろと推測することは可能だが、これといった証拠がない以上、疑問の提示にとどめるしかないのである。 ブレイクがこの絵を通じてなにを表現しようとしていたのか、それを突き止めるのはもはや困難であろう。当博物館の関心はむしろグレアム・ロバートソンがこの絵をどう解釈していたのかに集中しているのである。 |
BACK |