マレウス・マレフィカルム

Maleus Maleficarum as an Magical Text

 悪魔自身ですらある種の術の発動に際して星の影響を受けるのであり、人間はいよいよ影響されるといえる。たとえばルナティックと称される人々は一定周期で悪魔に苦しめられるが、悪魔がわざわざそうしているのではない。むしろ悪魔は常時苦しめていたいはずなのだが、悪魔自身も月相の影響を深刻に受けているからである。また、死霊術師が悪魔召喚に際して一定の星位を遵守するのも、悪魔が星の支配下にあることを熟知したればこそである。

 さらなる論拠として付加するとすれば、聖アウグスティヌス(神の国10巻)の言葉がある。すなわち悪魔は薬草や岩石や動物といった物体、さらにはある種の音響や声や像を用いるとされる。しかし天体と物体では根本的な力が違うのであり、星が持つ影響力は地上の物質とは比較にならない。そして魔女はその行いに際しては物質の力を用いているのであり、悪霊の助けは得ていない。
Maleus Maleficarum Part I. Question 5. (Eng. tr. Summers: London: Rodker, 1928)
 三人で道を歩いているとき、二人が雷に打たれた。残る一人が恐れおののいていると空中から声が聞こえてきた。「あいつも撃とう」。すると別の声が答えた。「それはできない。あの男は今日、”言は肉体となり”という言葉を聞いているから」。そこで男は悟った。自分が救われたのは、その朝ミサに参列してヨハネ伝の一節を耳にしていたからだと。

 また、身に付ける聖なる文言も、7種の使用規定を順守すれば、すばらしい防護効果がある。聖なる文言は防護効果のみならず、呪われた人間に対する治癒効果もある。
 場所や人畜を確実に防護する方法としては、われらの救世主の勝利の御名 IESUS + NAZARENUS + REX + IUDAEORUM + を十字状に記して四隅に配置することである。これに処女マリアや福音聖人の御名、ヨハネ伝の言葉「言は肉体となり」を付加してもよい。
Maleus Maleficarum Part II Question 1. (Eng. tr. Summers: London: Rodker, 1928)
 女が小枝を水に浸して空中に水滴を振りまき、雨を降らせようとする。もちろん女が雨を降らせることはできないし、それゆえに責められることはない。しかし女が悪魔と契約していて、契約によって雨を降らせるのであれば、雨を降らせるのは悪魔であり、女も告発の対象となる。女は不信心者であり、悪魔への奉仕に身を捧げているからである。

 魔女が蝋人形かなにかを呪詛目的で作成する。あるいは溶解した鉛を水に流し込んで誰かに似せた像を作る。そして像を刺したり傷つけたりするが、そうすることで想像力のなかで被害者を呪っているのである。
Maleus Maleficarum Part II Question 1 Ch.ii. (Eng. tr. Summers: London: Rodker, 1928)

解説

 『マレウス・マレフィカルム』すなわち”魔女への鉄槌”は魔女狩りテキストの手本としてつとに有名であるが、この書が有する魔術書としての価値が論じられることは少ないようである。同書の目的は魔女を裁判にかけて有罪を宣告することにあり、その過程においてさまざまな定義を行う必要がある。すなわち「魔術とはなにか」「魔術の力の源はなにか」「魔術はいかなるメカニズムによって作用するか」、そういった問題を逐一解決せねばならず、定義に際しては過去の事例や解釈を紹介しなければならない。共同著者であるクラメル&シュプレンゲルは古今の聖賢を引用し、あるときは賛同し、あるときは反駁しながら筆を進めていく。そして出来上がったものは、当時の魔術思想の見事な要約となっていたのである。





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