コンペンディウム・マレフィカルム

第1巻6章

魔女と悪魔の契約について


論拠

 魔女と悪魔のあいだの契約は明文ないし暗黙にて交わされる。明文契約は、なんらかの肉体を有する可視悪魔の臨席のもと、複数の証人をまえにして、悪魔への献身の誓いと賛美という形式で行われる。暗黙契約には悪魔への嘆願書提出が含まれる。また、契約希望者が悪魔に会って話をするのが怖いという場合、魔女ないし第三者を通じての代理契約も可能である。グリランはこれを暗黙契約と呼称している。この契約形式では、悪魔ではなく代理人と交わすことも可能であるが、その場合でも契約自体は悪魔の名義で行われる。このことはグリランが列挙している実例からも明白である。とあるドイツ人女性が風呂から後ろ向きに飛び出しつつ「かくの如くキリストから飛びすさるほど、わたしは悪魔に近づく」と唱えるという希少例は、明文契約に分類するべきであろう。しかし悪魔との契約はすべて一定の共通要素を有しており、それは十一項目に分類される。

 第一に、かれらはキリスト教の信仰を否定し、神への忠誠を撤回する。聖母マリアの守護を拒絶し、聖母への侮辱を山のように積みあげ、淫売呼ばわりする。そして悪魔が神として称えられる。この件は聖アウグスティヌスも確認している。ゆえに殉教者聖ヒポリタスが記す如く、悪魔は次の言葉を強要する。「われは天地の創造者を否定する。自分の洗礼を否定する。以前に神に捧げた礼拝を否定する。わたしはあなたに懇願し、あなたを信奉する」。続いて悪魔は信者の額に爪をかける。聖油を拭い去り、洗礼の痕跡を消し去るという合図である。


 第二に、悪魔は信者に新たなる偽りの洗礼を施す。


 第三に、信者は旧名を捨て、新たな名前を与えられる。例としては、クネノのデラ・ロヴェルがバルビカピラと改名されている。

 第四に、悪魔は信者に対して、洗礼時および堅信礼時の名付け親を否定させる。そして新たな名付け親を割り当てる。

 第五に、信者は悪魔に衣服の一部を与える。悪魔はあらゆる面で信者を我が物としたいからである。霊的物品としては信仰と洗礼を奪い、肉的物品としてはバアルへの生贄と同じく血を要求する。生来の物品としては子供を要求するが、この件は後述する。そして後天的に得た物品として衣服の一部を要求するのである。


 第六に、信者は地面に描いた円のなかで悪魔に忠誠を誓う。おそらくこれは、円が神性の象徴であり、大地は神の椅子であるからと思われる。こうすることで悪魔が天地の神であると思わせたいのであろう。


 第七に、信者は悪魔に対して、生命の書から名前を削除して、かわりに死の書に書き込むよう頼む。ゆえにわれわれは黒い書にアヴィニヨンの魔女たちの名前を読むことができる。


 第八に、信者は悪魔に生贄を捧げることを約束する。バルトロメオ・スピナの報告によれば、とある鬼婆は毎月ないし二週間毎に、悪魔のために子供をひとり絞殺ないし窒息死させる誓いを立てたという。


 第九に、信者は毎年主人である悪魔に何らかの貢物を出さねばならない。そうしないと悪魔に打擲されるからである。また、嫌悪を催す苦役を逃れるために金銭物品を貢ぐ。しかしニコラス・レミも語っているように、これらの貢物は真っ黒のもののみ有効とされる。

 第十に、悪魔は信者の体の一部にしるしをつける。逃亡奴隷に焼印を押すようなものである。このしるしには、無痛のものもあれば大変に痛いものもあるという。悪魔はだれにでもしるしをつけるわけではなく、忠誠心に疑いのある者にのみしるしをつけるとされる。このしるしは一定の模様ではなく、ときにノウサギの足跡のような形、ときに蝦蟇や蜘蛛や犬や栗鼠の足跡のような形である。また悪魔は信者の体の同じ場所にしるしをつけるわけではない。男性の場合、瞼、腋の下、唇、肩、臀部などが多い。女性の場合、乳房、陰部に多いと、ランベール・ダヌやボダンやゲーデルマンが報告している。旧約においては割礼があり、新約においては聖なる十字があるが如く、何事につけ神を真似ることを好む悪魔は、妖術を学ぶ者にあるしるしをつけてきたのであり、それは初代教会の揺籃期より明らかであった。このことはイレナウレスやテルトリアヌスの著作に記されている。


 第十一に、信者はしるしをつけられる際に多数の誓いを立てる。決して聖体を崇めないこと。聖母と聖人に対してつねに侮辱的言動と行動を行うこと。聖遺物や聖像を足蹴にし、破壊すること。十字架、聖水、聖なる塩とパン、その他教会が聖別したものを使わないこと。司祭に対してすべての罪の告白をしないこと。悪魔との取引に関して頑なに沈黙を守ること。一定の日に、できるかぎり空を飛んで魔女の夜宴に出かけ、熱意をもって参加すること。最後に、できるかぎり多数の人間を悪魔への奉仕へ引きずりこむこと。その報酬として悪魔はつねに信者のそばに立ち、現世利益と死後の幸福を約束する。
 レミも記しているように、魔女たちのあいだには冒すべからざる掟がある。たとえば魔女が数人集まってだれかに害をなそうと試みるとする。しかし神の御心により、その人物は毎日礼拝を欠かさず、聖水や聖体によって悪魔の業から守られているとする。こうなった場合、魔女たちは仲間内から悪の犠牲者を出さなければならなくなる。だれかに害をなすべく呪いを発し、それが無効に終わった場合、呪いがわが身にはねかえるという悪魔との契約を完遂するためである。悪魔としても、信者に発した命令が無効になるのは耐えられないのだ。そして不運に見舞われる運命となった魔女は、他の魔女たちになりかわって邪悪に苦しむのである。フレイシンの街に住むキャサリン・プレヴォッテの場合、悪魔はまさにこの状況を現出せしめたのである。この女性は隣人マイケル・コカスの一人娘に毒を盛ろうと考え、何度も試みたのであるが徒労に終わった。母親が毎日、妖術に対抗する祈りとお払いを行っていたからである。終いには、獲物はまだかと悪魔があまりに責めたてるので、この魔女は他ならぬ自分の息子、いまだ揺り籠の中にある赤子のオディロに毒を盛る仕儀に至ったのであった。


 話を戻す。悪魔と魔女の契約および奉仕と忠誠の誓いは、両者のあいだになんらかの悪の共感関係が生じることから始まるようである。この共感がやがて親近感から友情に発展し、信頼にまで至るらしい。魔女はこの気分に甘え、思い上がり、大胆になり、悪魔に注文や要請を出すのであり、悪魔は同盟者の願いをかなえてやることがうれしいらしい。かくして魔女は自信を得、悪魔に命令を下せる身になったと勘違いするのであり、悪魔もその権限を認めるふりをする。このあたりはトリテミウス僧院長が大いに証明している。「悪魔との契約は通例無効にして空虚である。悪魔は決して約束を守らず、守る必要もないと考えている。なにせ悪魔はキリストに対しても"もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう"と平気でうそをつくのである」。
 悪魔は妖術師キプリアヌスに対しても、ユスティナを与えるという約束を破っている。そもそも虚言の父に真実を期待するなど狂気のきわみである。しかし悪魔との契約は空虚で無効というだけではなく、きわめて危険かつ有害である。その点は次にあげる二つの例をもって例示したい。



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