Faust
ファウスト


☆ 16世紀ドイツの魔術師。

 これほど有名でありながら、その正体が知れない魔術師も少ない。実像と虚像の差が激しすぎるのである。ファウストは実在の人物には間違いないが、一言でいえばただの詐欺師的魔術師にすぎなかったようである。彼を直接知っていた者たちは口を揃えてファウストのいかさまを非難している。現在の魔術界ではファウストなど誰も相手にせず、マーロウやゲーテに代表される文学的興味しか残されていないと言えよう。

 ファウストという人間の問題点は、どうやらこの名のもとにいかさま魔術て世を渡っていたごろつきが一人ではなかったらしいことにある。ゆえに伝記的研究は困難を極め、むしろファウストという人間像をひとつの伝説としてとらえる研究が盛んである。

 実像としてのファウストは、学生くずれのごろつきである。ドイツの安酒場でとぐろを巻きながら大言壮語をなし、時折り世を呪っては周囲のやくざ者と喧嘩をしている。酒代を稼ぐためにいかさま魔術を使い、軽蔑され、馬鹿にされ、その憂さを晴らすためにまた酒をくらい、また酒代のためにやくざな稼業に身をやつす。酔った勢いで喧嘩して、したたかに殴られ街頭にほうり出され、切れた唇から血の泡を吹きながら呪いの台詞を吐き、俺は世界一の魔術師だと喚き散らしつつ、泥まみれの衣服に包まれた痩躯を引きずるように明け方の薄闇に消えていく。大体こんなところであろう。笑いごとではない。

 文学作品に登場するファウストは大学者で、世界中の学問という学問に失望して魔術にすべての回答を求め、悪魔メフィストフェレスと契約を結んであらゆる快楽・冒険・権力を手中にするというルネサンス的人間となっている。それでも最終的には神の手から逃れられず、マーロウに於いては地獄に落とされるし、ゲーテに於いては土壇場で昇天してしまう。

 17世紀にはファウストの作とされる魔法書が数多く出回り、話を一段とややこしくしている。

主要著作
参考文献 Palmer, Philip Mason and More, Robert Pattison : The Source of the Faust Tradition: from Simon Magus to Lessing, Haskell Hose, New York, 1965.
Butler, E.M. : The Fortunes of Faust, Cambridge Unversity Press, Cambridge, 1952.


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